羽織袴姿の書道家が大きな紙に大きな筆で全身を使って書く。
書道パフォーマンスといえば誰もが思い浮かべるイメージを覆したいと、独自で考えたArt書道パフォーマンスの活動をしている書道家がいます。
岡山県井原市在住、Art書道家消防士の橋本雅弘(はしもと まさひろ)さんです。
消防士のかたわら、Art書道家として活動。
橋本さんも最初は大きな紙に書くスタイルが多かったそうです。
今では、いろいろなシーンでArt書道パフォーマンスを披露しています。
祝賀会では厳粛な空気のなか凜(りん)とした文字を書き、お祭りのステージでは軽快なトークで会場を盛り上げ、力強く美しい文字で観客を魅了してきました。
子どもたちに対する想いや、Art書道家消防士としての活動を紹介します。
記載されている内容は、2023年11月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
Art書道家消防士橋本雅弘さん
消防士とArt書道家の二つの肩書を持つ橋本雅弘さん。
消防士として小学校、中学校で子どもたちに職業講話をしたり、書道家としてお祭りでパフォーマンスを披露したり、地元のお店の看板を書いてあげたりと、地元を盛り上げる活動を積極的にしています。
消防士として
井原地区消防組合でおもに、通信指令室や予防課に勤務。
通信指令室とは119番通報を受け、的確な出動指令や現場ㇸの指示をおこなう重要な部署です。
予防課は未然に災害を防ぐために活動をおこなう部署で、避難訓練などの指導や、飲食店などのさまざまな防火対象物へ消防用設備が適切に設置されているか立ち入り検査も実施します。
橋本さんと書道
橋本さんが書道を始めたのは幼稚園児だった5歳のころ。
お母さんの書道教室について行って、最初はただ付き添っていただけだったのが、「僕もやりたい」と硬筆から始めました。
書道は好きだったという橋本さん。
小、中学校も書道教室に通い、岡山県立岡山城東高等学校に進学してからも授業では書道を選択。
しかし、高校を卒業して京都の龍谷大学に進学した4年間はまったく筆を握りませんでした。
大学時代、書道の代わりに橋本さんを夢中にさせたのはコンピュータ。
大学4年間はコンピュータに没頭する日々を送ります。
地元の岡山県井原市に戻りシステムエンジニアになりたいと就職活動をしますが、経済学部卒では関連会社への就職は難しく、たまたま募集が出ていた井原地区消防組合に応募し消防士として採用されました。
消防士に採用されると、現場活動ができるように基礎的な知識と技術を学ぶ『初任教育』を受けることが必須で、消防学校で半年間寮生活を送らないといけません。
当時、なぜか消防学校では書道の授業がありました。
思いがけずまた書道が生活のなかに戻ってきます。
Art書道家として
Art書道とは、日本の伝統文化である書道を基にさまざまな道具を使い、形や色、文字の大きさを、書道家が自由に表現した芸術作品。
書道家は書道の専門家として、「書」の作品を制作します。
書道家の「書」は芸術作品であり、世間に認められ活躍の場を持っている書道家は、ほんのわずか。
日本の有名な書道家としては、相田みつを(あいだ みつを)さん、武田双雲(たけだ そううん)さん、紫舟(ししゅう)さんなどがいます。
相田みつをさんは、詩人でもあり平易な詩を独特の書体で書いた作品が有名。
武田双雲さんは、音楽家、芸術家、さまざまなアーティストとコラボレーションし映画やドラマなど、数々題字を手掛けています。
紫舟さんは、「書」を絵画や彫刻の世界にまで昇華させた日本を代表するアーティスト。
橋本さんのArt書道作品の多くは、漢字がその文字の意味に合うひらがなで構成されています。
10年前(2013年)に地元の夏祭りでArt書道作品を展示したのが始まりです。
Art書道家 橋本雅弘さんの作品
Art書道家 橋本さんの、おもな作品は以下のとおりです。
インタビュー
Art書道家で消防士の橋本雅弘さんに、Art書道や消防士の仕事についてお聞きしました。
Art書道を始めようと思ったきっかけは何ですか?
橋本(敬称略)
國重友美(くにしげ ともみ)さんの作品に影響されました
國重友美さんは、2003年からArt書道「英漢字」(ええかんじ)の活動を始められています。
2015年に放送されたNHK大河ドラマ「花燃ゆ」の題字「花」を英単語の“f・l・o・w・e・r”で表現した作品が有名です。
2010年ごろ國重友美さんのArt書道「英漢字」を見て、「こりゃあすげえな!」と思いました。
僕にも何かできないかなと作ってみたのが
- 「喜」を、(あ・り・が・と・う)
- 「寿」を、(お・め・で・と・う)
です。
ひらがなで何個か漢字を作って友人に見せるうちに、口コミで広がっていき、「イベントでやってみませんか」と声をかけていただくようになりました。
最初のステージは?
橋本(敬称略)
最初のステージは、岡山県井原市芳井町の夏祭り「芳井宵あかり」です。
文字がぼんやり光る大型行灯(おおがたあんどん)をたくさん展示するコーナーを作る案が出たので作品の数を増やしました。
翌年には、3mx4mくらいの大きな紙に大きな筆で書く書道パフォーマンスを演りました。
いろいろなかたに見ていただいて、僕のArt書道が地元で広まっていったんです。
文字の組み立てはどのように作られますか?
橋本(敬称略)
「この字に合う意味合いでなにかできないかな」と考えていたら、なんとなく見えてきたりします。
なんにも考えずに無になっているとき、お風呂に入ってぼーっとしているときにひらめくこともあります。
「おー、なんかひらめいたぞ」と、お風呂の壁の水滴がついているところに指でなぞって書いてみて、「これいける!」と思ったらすぐにお風呂から出て下着姿のまま筆ペン持って書くとか。
今ではiPadを使っての制作が増えましたね。
消防士として
消防には何年くらいお勤めでいらっしゃいますか?また、どんなお仕事をされていますか?
橋本(敬称略)
消防に勤めて24年目になります。
もちろん、救急や火災などの現場にも出ていましたが、今では通信指令業務や予防業務の方が長くなりましたね。
予防業務とは?
橋本(敬称略)
防火広報、避難訓練指導、危険物規制、消防用設備の設置指導など内容は幅広いです。
消防用設備は火災を未然に防ぐとか、火災が起きてしまったときに最小限に食い止めるために建物の規模などによって法的にこれだけは設置するようにと、決められています。
消防の仕事では予防こそが人命救助の最前線になると思っています。
消防士になりたくて消防に来る人のなかに、予防業務をやりたくて来る人はすごく少ないんです。
予防業務自体を知らないのかもしれません。
大都市では予防業務をやりたくて消防士になりたい人がけっこういると聞きますが、井原ではほとんどいないのが現状なので、これをどうにかしたいですね。
本当はコンピュータ関係の仕事に就きたかった
実は消防士になりたくてなったわけではないんです。
大学のときにコンピュータにハマって、システムエンジニアとかコンピュータ関係の仕事に就きたかったんですが、経済学部卒ではちょっと難しくて。
なかなか就職先が見つからないなか、母に「公務員はどんな?消防の募集がでとるよ」と言われて受けてみました。
結果、採用され消防士になりました。
本来志望していた職業とはまったく違いますが、人のための仕事ですし、やりがいを感じています。
子どもたちに伝えたい
ときどき小学校や中学校で職業講話の依頼があります。
消防士とArt書道家の2本立てで、消防士の話だけを聞きたい子には申し訳ないんですけど、お話をさせてもらっています。
僕は京都の大学に行っていたんですけど、就職するときには絶対地元に帰って来たかったんです。
当時は後月郡芳井町(しつきぐん よしいちょう)だったんですけど、もうここの土地が好きで我が子だけでなく次世代の子どもたちにも井原を好きになってもらいたい。
地元のお祭りでArt書道パフォーマンスを観て、楽しい思い出の一つにでもなってもらえたらと思っています。
夢が叶わなかったわけではない
子どもたちには何を伝えたいと思っていますか?
橋本(敬称略)
子どもたちに、夢が叶わないと思っても、好きなことをとことんやって突き詰めていけばどうにかなると伝えたい。
消防士が火事や救急で出動していないときは、訓練ばかりしている印象があるかもしれませんが事務作業もあるんですよ。
ある日、大量の事務作業に悩んでいた救急救命士が、コンピュータの得意な僕のところに相談に来ました。
やれるかどうかわからないけれど、事務効率を改善させるソフト(アプリケーション)を作ってみることに。
結果、僕が作ったソフトで事務作業に頭を抱えていた救急救命士の力になれました。
それからは予防課で使うような防火対象物管理ソフト、危険物規制管理ソフトなどを次々と作成し、消防本部内で使ってもらっています。
システムエンジニアにはなれなかったけれど、消防でシステムエンジニアのような仕事ができた。
独学で、自分でもできた。
気がつけばいつのまにか、一つの夢が叶っていました。
もともと消防士志望ではなくシステムエンジニア志望だった僕が、気がつけば消防署の中でシステムエンジニアのような仕事をしていました。
消防士の仕事をやりながらArt書道をして、地域を盛り上げるお手伝いをしています。
今、人生すごく楽しいです。みんなにも楽しい人生を歩んでもらいたいと伝えたいのです。
Art書道家消防士としてのこれから
Art書道家消防士としてのこれからの展望は?
橋本(敬称略)
消防士として、予防業務の仕事にも誇りがあります。
「予防」こそが人命救助の最前線であると広めていきたいし、予防業務の役割を世の中にもっと知ってもらいたい。
予防業務の仕事がしたい人を増やしていきたい。
Art書道家としても活動を続けて地域を盛り上げていきたいです。
皆さんの喜ぶ顔がうれしいし、僕も楽しい。
職業講話やArt書道パフォーマンスを通して子どもたちに夢はどんな形でも叶うと伝え、井原をもっと好きになってもらいたい。
おわりに
2年ぶりに開催された岡山県井原市芳井町の夏まつり「シン芳井宵まつり」。
ステージ上では、墨の入ったバケツを手に持った橋本さんが、模造紙に漢字を書いています。
橋本さんの筆先を見つめる観客。
出来上がった文字は一見普通の漢字ですが、その漢字にちなんだひらがなで構成されているものや、角度を変えてみると別の感じに見える作品も。
漢字の中に隠されたカラクリを真剣に探す観客は、橋本さんの解説を聞いて、「おおーっ」とどよめき、会場に拍手が沸き起こります。
「Art書道家消防士パフォーマンス」のワンシーン。
軽快なトークにのって書かれていく、夢、愛、縁、絆…。
システムエンジニアにはなれなかったけど、消防でシステムエンジニアのような仕事ができた。
Art書道パフォーマンスで地元のお祭りを盛り上げて、見られたみんなの笑顔は最高。
子どもたちに井原を好きになってもらいたい。
橋本さんの想いはきっと伝わっていると思います。