明治末期から大正期に留学生たちが、日本の実業家であり社会事業家である大原孫三郎(おおはら まごさぶろう)に送った書簡が多数あります。
絵画購入の願い出であったり、医学古典文庫購入の意義を申し出たものであったり。
留学生たちが送った書簡は、大原孫三郎に届くまで30~40日もかかりました。
現代社会では想像もできないほどの時間をかけて行われた、やりとりについて留学生たちの書簡をもとに読み解いていきます。
研究してこい、学んでこい、最先端の器具や論文を買ってこいと欧米に留学生を送り出した大原孫三郎と、派遣された留学生たちとの関係はどうだったのでしょうか。
セミナーで学んだことと、ラウンド・スタディで話し合い、導きだしたキーワードについて紹介します。
記載されている内容は、2023年2月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
第36回くらしき未来K塾 特別展「大原家に残る書簡の数々 ~欧米留学生からの書簡~」の概要
「くらしき未来K塾」は倉敷美観地区の国指定重要文化財「語らい座大原本邸」で、毎月行われているセミナーです。
第36回は特別展「大原家に残る書簡の数々 ~欧米留学生からの書簡~」
令和5年1月21日(土)午後1時から、大原本邸ブックカフェで開催されました。
語らい座大原本邸の学芸員 水島博(みずしま ひろし)さんが講師を務めます。
セミナーのあとF-cafeの皆さんによる、ラウンド・スタディが行われました。
以下の3名がサポートします。
- 江森真矢子(えもり まやこ)さん:一般社団法人まなびと代表
- 北浦菜緒(きたうら なお)さん:カンコーマナボネクト株式会社
- 原田三郎(はらだ さぶろう)さん:四天王寺大学教育学部准教授
ラウンド・スタディとは対話を主体とした、多様な語らいの場を演出した研修手法です。
児島虎次郎からの書簡
洋画家の児島虎次郎(こじま とらじろう)は、画業研鑽のためヨーロッパに派遣されました。
3回目の留学(1922年-1923年)では、絵画の買い付けが主たる目的です。
このときの留学でロダンの作品やエル・グレコの「受胎告知」など、大原美術館を代表する美術品を購入しています。
エジプト、ペルシャの陶磁器を購入
留学先のパリで現代作家、名家の代表作が数点見つかったと児島虎次郎から報告が入ります。
これらの作品は当時、日本円にして1万円から1万5千円、今だと1億円くらい。
1人の作家につき1作品、計13作家で13作品は集めたいと、大原孫三郎に提言しています。
またエジプト、ペルシャの陶磁器を買うのも児島虎次郎のなかでは、大きなモチベーションとなっていました。
ルーブル美術館や大英博物館に展示してあるレベルの、陶磁器(多くは破片)を数百点、4、5百円から千円で買いましたと報告しています。
今だと約4、5百万円から約1千万円です。
ロダンの作品を購入
ロダンの作品の購入願いの書簡には、購入候補の4枚の写真が同封してありました。
「何体買っていいですか」と児島虎次郎は聞いてきています。
このとき児島虎次郎のなかでは、2体購入する前提で、1体は画像左端の裸の男性像「洗礼者ヨハネ」を買うことを決めていました。
大原孫三郎とのやりとりの結果、裸の男性「洗礼者ヨハネ」と着衣の男性「カレーの市民」を買いました。
エル・グレコ「受胎告知」を購入
児島虎次郎は、エル・グレコ「受胎告知」の購入の際にも写真を送ってきています。
エル・グレコの絵が売りに出ています。
写真を送りますので、買うかどうか決めてください。
値段は17万5千フラン。日本円にすると3万円で、今の価格にすると約3億円です。
このときばかりは児島虎次郎も悩みます。
エル・グレコの絵画を諦めれば、シャヴァンヌやゴーギャンなど有名作家の絵画を数点買えるからです。
悩んだすえ、購入を決めました。
エル・グレコの「受胎告知」は児島虎次郎納得の、自慢の作品となりました。
シャヴァンヌの「幻想」は、シャヴァンヌの生涯を知る上で重要な作品です。
児島虎次郎が収集した、絵画や美術品は大原美術館の代表作品となりました。
暉峻義等(てるおか ぎとう)からの書簡
倉敷労働科学研究所所長であり、産業医学者の暉峻義等(てるおか ぎとう)。
暉峻義等は海外から見た、日本の情勢についての書簡を送ってきました。
以下のような内容が書かれています。
大原社会問題研究所と倉敷労働科学研究所を大原研究所とし、全員が努力を惜しまず働くこと。
市民が大原さんの意志を助けて、倉敷発展に力を貸す必要がある。
市民を巻き込んだ格好で、よい暮らしにしていきましょう。
医学書を肌身離さず持ち帰る
ウイリアム・ハーベイの「動物の心臓ならびに血液の運動に関する解剖的研究」は、人間の体内に血液がめぐっていることを科学的に立証した書籍です。
多くの医学古典文庫を購入した暉峻義等ですが、この書籍だけは、暉峻義等が肌身離さず持ち帰ります。
日本に帰って自分で翻訳し出版しました。
夜業廃止を訴える
自分がお世話になっている、大原孫三郎に向けた言葉とは思えない、辛辣な表現で夜業(夜勤)廃止を訴えています。
若い子女が夜業をしなくてはならないよふでは、文化もくそもありません。
夜業(夜勤)廃止自体は、大原孫三郎が社長を務める倉敷紡績や、日本の社会全体の労働問題であり、暉峻義等としては一刻も早く一日でも早く廃止したいという思いです。
倉敷労働科学研究所は、労働環境をよくするために、大原孫三郎が作った研究所。
所長の暉峻義等らしい訴えです。
またドイツの繊維研究所に、クラボウから研究者を派遣して学ばせてはどうかと、経営に役立つ提案もしています。
F-cafeラウンド・スタディ
セミナーのあとのラウンド・スタディに参加しました。
会場内に三つの「島」を作り同じメンバーにならないよう、「島」を渡り歩いてセミナーの内容について、思ったことを自由に話し合います。
まずテーマを決めます。
私が最初に参加した「島」のテーマは、「大原孫三郎と留学生たちの関係」。
児島虎次郎は、高額な絵画の購入資金を当たり前のように願い出ています。
暉峻義等は留学費用や、医学書の購入費用を出してもらっている大原孫三郎に対して、女工さんを「夜働かせて文化もくそもない!」とかなり辛辣な発言をしています。
大原孫三郎さんに対して、どちらも遠慮がありません。
それは大原孫三郎が、留学生の話をちゃんと聞くリーダーだったからです。
留学生たちが出した書簡は30〜40日間かけて、大原孫三郎のもとに届きます。
この間、気持ちの熱量は冷めなかったのか。
留学生は自分たちの信念を遂行して、そして研究して、学んで、最先端の器具や論文を買います。
決して冷めたりしないのです。
日本を良くしようと燃えていました。
大原孫三郎と留学生たちの関係は人生において対等
会場内の「島」を渡り、もとの「島」に戻ります。
ほかの「島」から渡って来たかたの言葉が、ホワイトボードに書き加えられていました。
私たちも、ほかの「島」で話したこと聞いたことを、書き加えていきます。
最初のテーマ「大原孫三郎と留学生たちの関係」について、私たちが導き出したキーワードとは。
「人生において対等」
大原孫三郎は人の話を聞くリーダーで、自分がわからない分野は詳しい人に信頼して任せる。
絵画は児島虎次郎だったり、医学書は暉峻義等だったり。
事業がうまくいくリーダーは、人の話をよく聞くので人がついてきます。
そして人がついてくるので大きな仕事を成し遂げます。
1か月以上かけた書簡のやり取りで、成し遂げた偉業。
じっくりと時間をかけた文化の熟成。
時間をかけないと、できないこともあるのです。
おわりに
このセミナーを通じて、倉敷美観地区の一歩踏み込んだ歴史に触れられました。
語らい座大原本邸という空間。
入ってすぐの土間にある「ふりそそぐ言葉」の中には、今の自分に合った言葉が見つかるかもしれません。
土間の向こうには、蔵が立ち並ぶ通路。
大原家にまつわる資料が展示されています。
離れのお座敷から見る庭園も手入れが行き届いて、落ち着いた雰囲気。
暖簾をくぐると、驚きがたくさんありました。
すぐ目のまえにある大原美術館には、児島虎次郎が集めた絵画や、陶磁器などが展示してあります。
大原本邸にある留学生児島虎次郎の書簡と、大原美術館にある児島虎次郎が収集した美術品がつながりました。
大原美術館に行く機会があれば、大原孫三郎と児島虎次郎のやり取りを思い出しながら、エル・グレコやロダン、エジプトの陶磁器を鑑賞したいと思います。
倉敷美観地区、まだまだ知らないことがありそうです。
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第36回くらしき未来K塾大原本邸特別展「大原家に残る書簡の数々 ~ 欧米留学生からの書簡 ~ 」のデータ
名前 | 第36回くらしき未来K塾大原本邸特別展「大原家に残る書簡の数々 ~ 欧米留学生からの書簡 ~ 」 |
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期日 | 令和5年1月21日午後1時 ~ |
場所 | 倉敷市中央1-2-1 |
参加費用(税込) | |
ホームページ | 語らい座大原本邸 |