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旧野﨑家住宅学芸員へのインタビュー

旧野﨑家住宅で学芸員を務める辻則之さんに、旧野﨑家住宅をどのように守り活用し続けているのか、話を聞きました。
建物や収蔵品をていねいに引き継いできた国指定重要文化財
旧野﨑家住宅は、広いお屋敷全体が国指定重要文化財として指定されていると聞きました
辻(敬称略)
旧野﨑家住宅は、野﨑武左衛門が塩田業に成功して築いた邸宅です。
児島地区は空襲の被害がなかったため、主屋だけでなく蔵などの建物が現存しています。
今もなお現存する江戸から明治時代の建物は全国にもありますが、主屋以外の建物は残っていないところが多いのが実際のところです。
また、約200年経ってもなお建物だけでなく塩業の事業も継続しているという点も、野﨑家ならではの歴史だと思います。
残っているのは、建物や事業だけではありません。骨董品や掛け軸、能面といった文化的資料も数多く残っています。

特に大陸から渡った骨董品は、割れや欠けがありながら残るものが多いのが通例です。
しかし、旧野﨑家住宅に残る骨董品はていねいに保管しているので、美品が多く残っていることも評価されています。
評価されているのは、見た目のきれいさだけではありません。
いつ・誰からもらったものなのかの詳細な覚え書きが添えられていることも特徴です。
文書だけでも10万点近い資料が残っているんですよ。
この記録は骨董品だけでなく、書簡にもあります。
通常、手紙はこちらに届いたもののみが保管され、こちらから送ったものは発送先にありますよね。
そのため、どのようなやりとりがなされていたのか詳細に知るには、相手がたにも確認が必要です。
しかし、旧野﨑家住宅には送った手紙の控えも残されているので、書簡でどのようなやりとりがあったのか正確にわかります。
このように、建物を含む資料がていねいに引き継がれてきた結果が認められて、国指定重要文化財に登録していただいたのだと捉えております。
貧乏暮らしから、貴族院議員を輩出する名家へと成長
この壮大な邸宅を築き上げた野﨑武左衛門は、どのような人物ですか?
辻
実は、武左衛門の父も塩田業に手を出したことがあったのですが、失敗してしまいました。そのため、貧乏な生活も経験した人です。
彼は、38歳のときに以下の三つの選択を迫られます。
- 興除新田で人を雇って農業をする
- 足袋の大阪営業所の経営をする
- 児島で塩田を作る
塩田業は初期投資に人件費や時間がかかり、武左衛門の父が塩田業に失敗した背景もあったため、親戚から反対されたようです。しかし、その反対を押し切って児島で塩田業をはじめました。
塩田を作るには港に堤防を作る必要があります。そのための石は、鷲羽山や下津井から石を運んできました。
そして、約460人が携わり、1年半かけて塩田が完成しました。
結果的に塩田業は成功を収め、信頼を得るようになり、三代目の武吉郎が貴族院議員に名を連ねるまでになります。
児島をはじめとする倉敷市民にとって、野﨑家はどのような存在だったのでしょうか
辻
貴族院議員の多額納税議員は、各府県ごとに直接国税納付者15名より1名が互選されます。
野﨑家は全国で8位と、児島だけでなく倉敷でもっとも多くの納税額を納めている名家でした。
毎年2月~3月にかけて開催される「おひな同窓会」の会場、野﨑家別邸迨暇堂は迎賓館という位置づけで、全国の要人が集った場所です。

しかし、野﨑家は当初から地域の人たちのことを非常に大切にしていました。
先ほど、邸宅内にある使用人用の陶器でできた便器のあるトイレをご覧になりましたよね。
明治時代は、貴族のトイレでは陶器が使われていたものの、使用人は地面に穴を掘ってそこに用を足すのが通例でした。
そのため、当時の研究をする研究者はこのトイレを見て「野﨑家は、使用人のことを大変ていねいに扱っていたのだろう」と口をそろえて言います。
また、旧野﨑家住宅で開催している「野﨑家のお雛様展」は明治時代から市民にも公開していたと記録があります。
この展覧会は当時から大変人気で、一日に1,500人もの来場者があったようです。
このように、名家でありながら市民に屋敷を開く考えがあったようです。
市民に屋敷を開く考えもまた、今も受け継がれていますね。
国重要指定文化財として邸宅を維持していく際に、気を付けていることはありますか。
辻
昔ながらの建物なので、雨漏りすることがあります。
雨漏りは建物が傷む大きな要素なので、気付いたら早期に対応するようにしています。
また、樋(とい)に枯葉などが詰まってしまうのも建物を傷めてしまうので、台風や大雨が予想されるときには前もって対策をするなど、日頃から手入れを欠かさないことが何よりも大切です。

2026年度からは、耐震補強のための工事が始まります。
これも、旧野﨑家住宅を引き継いでいくために必要な取り組みです。
国指定重要文化財なので、工事のための図面を作るにも数年がかりでした。
特に、裏にある石垣には専門家も唸っていましたね。
あの石垣は、まるで機械を用いて作業したかのような隙間のないていねいさと、お城などにある角がない曲線でできた柔らかいイメージが、特徴です。
高さ12m、全長50mと大規模な備前積みは珍しく、専門家にさまざまなアイデアを出してもらってようやく図案ができました。

工事は部分ごとにおこなっていくため長期休館は今のところ考えていませんが、今後13~14年にわたって常にどこかが修繕工事中の状況が続きます。
穏やかで広々とした旧野﨑家住宅を楽しめるのは2025年度いっぱいになるので、ぜひたくさんのかたに足を運んでいただきたいです。
児島をはじめとした倉敷市民にこそ、旧野﨑家住宅で文化を体験してもらいたい
さまざまな特別展も開催されていますね。
辻
旧野﨑家住宅の所蔵品の展示もしますが、瀬戸内海ゆかりのアーティストを招いた特別展も開催しています。

通常は、邸宅内に現代アートを展示することがほとんどですが、玉野市王子窯にて、備前焼制作している浜松昭夫氏による2019年の《五百羅漢》や2024年の《狛犬》の展示は、屋外にも展示をしました。

2024年は瀬戸内海国立公園90周年記念だったので、90組180体の狛犬が敷地内のあちらこちらに登場し、いつもとは違った景色が見えるとのことで好評でしたよ。

「カレンダー企画展」や「野﨑家のお雛様」は、毎年開催しています。
カレンダーは数多くある収蔵品のなかから、その季節に合うものを選んでいます。カレンダーは販売もしますので、ご自宅でもアート鑑賞を楽しんでください。
旧野﨑家住宅のお勧めの楽しみかたを教えてください
辻
旧野﨑家住宅は職人技が詰まった建物なので、スタッフやボランティアガイドに声を掛けて一緒にまわってみてはいかがでしょうか。邸宅内の豆知識をたくさんご紹介します。
建物や文化財を見るだけでなく、建物や文化財を活用した伝統芸能を体験できる機会もご用意しております。
野﨑家別邸迨暇堂を会場に毎年開催している「こじま能」もそのひとつです。

演者のかたによると、野﨑家別邸迨暇堂で能楽をすると音の抜けかたがホールとは異なり、気持ちよく舞えるそうです。
このような伝統芸能は、地方に行けば行くほど、なかなか見られる機会がありません。
だからこそ、この児島の地で児島をはじめとした倉敷の人たちが生の伝統芸能に触れる場として受け継いでいきたいです。
能楽の披露は、大人だけでなく子どもにも観に来てほしいと思っているので、午前中のプログラムは保育所や幼稚園を対象とした子ども向けプログラムにしています。
ここにある本物の迫力を、子どもたちに感じてもらいたいです。
読者へメッセージをお願いします
辻
忙しい現代だからこそ、旧野﨑家住宅の古い建物から日本庭園を眺めると、心が和やかになり、気持ちも安らかになると思います。
ゆったりとした時間をお楽しみください。

おわりに
倉敷市内のお菓子屋さんに行くと、甘くてふんわりとした皮でカスタードクリームをはさんだワッフルをよく見かけます。洋菓子屋さんならともかく、和菓子屋さんでも見かけるので不思議に思っていたワッフルメーカーを、旧野﨑家住宅の台所で発見。

倉敷の港町で、明治~昭和にかけての人々の暮らしが今もなお残り続ける旧野﨑家住宅。
これからも歴史を残し、体験する場として続いていってほしい場所です。
旧野﨑家住宅のデータ

名前 | 旧野﨑家住宅 |
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所在地 | 岡山県倉敷市児島味野1丁目11-19 |
電話番号 | 086-472-2001 |
駐車場 | あり 【 無料 】大型バス 5台 / 乗用車 36台 |
開館時間 | 午前9時 ~午後4時30分(午後5時閉門) |
休館日 | 月 月曜が祝日であれば、その翌平日 年末年始休館(12/25~1/1) |
入館料(税込) | 大人(高校生以上):500円 小中学生:300円 幼 児:無 料 ※30名以上の団体の場合、2割引き ※小中学生・高校生は、土曜日・日曜日・祝日は無料。 ※障害者手帳をお持ちの方は2割引。(本人と付添者1名) ※割引の併用不可 ※小中学生・高校生・引率教員が授業の一環として利用する場合は、無料。 |
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トイレ | 洋式トイレ 和式トイレ |
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