「あの高い塔のある赤い建物はなに?」
『倉敷市役所だよ』
「え〜!あんな建物が市役所なんて珍しい!」
県外からきた友人などを案内しているときに、こんなやりとりをした経験のある倉敷市民は、多いのではないでしょうか。
- 巨大な塔
- レンガタイル張りを含む「赤」が印象的な建物
ヨーロッパの伝統的な建築物のような雰囲気もあり、一目見て市役所とわかるかたは少ないでしょう。
倉敷市本庁舎の竣工は1980年。
「ぜいたく」などとメディアには批判され、竣工直後の評判はよくなかったそうです。
しかし、当時から40年経過した今では「倉敷市のシンボル」になっていると筆者は感じています。
外観が印象的ですが、内部にもこだわりが詰まっている市庁舎は、今では作れないと思うからです。
倉敷市本庁舎最大の特徴と感じるのは「シビックプライドを表現した市民ホール」。
正直なところ筆者も存在すら知らなかったのですが、それもそのはず「限られたときしか使われない特別な空間」だからです。
この記事では、建築物としての「倉敷市役所 本庁舎」に着目して考察します。今回倉敷市の協力で、「市民ホール」の取材も実現しました。
記載されている内容は、2022年4月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
倉敷市役所 本庁舎とは
倉敷市役所 本庁舎は、1980年(昭和55年)に竣工しました。
1967年に倉敷市・児島市・玉島市が合併したことで、新しい庁舎建設の機運が高まったことを受けて建設されたそうです。
旧庁舎は1960年に竣工しており、20年という短い時間で役割を終えましたが、現在も「倉敷市立美術館」として利用されています。
当初は旧庁舎の南東、現在倉敷市芸文館が立っている場所を予定していたそうです。
その後、現在の敷地に変更され地上10階建て、西側に高さ66メートルもの塔を備えた市庁舎となりました。
設計はふるさと倉敷の市庁舎設計を夢見て実現させた「浦辺鎮太郎」
設計を行なったのは、倉敷出身の建築家「浦辺鎮太郎(うらべ しずたろう)」。
大原美術館分館・倉敷国際ホテル・倉敷公民館・倉敷アイビースクエアなど倉敷で数々の建築物の設計を手がけましたが、竣工の際「一生の念願としていた仕事であった」と話したそうです。
浦辺鎮太郎の庁舎建設への熱い想いは、竣工から50年前にさかのぼります。
1930年代当時学生だった浦辺鎮太郎は、雑誌でスウェーデンのストックホルム市庁舎、オランダのヒルヴェルスム市庁舎を目にしました。
とくにヒルヴェルスム市庁舎は、オランダ出身の建築家「ウィレム・デュドック」による設計であることから、以来「倉敷のデュドックになりたい」と思い、故郷倉敷で市庁舎を設計したいと考えるようになります。
倉敷市本庁舎の設計を担当したことは、積年の夢が叶った瞬間でもあったのです。
しかし、市庁舎の設計にいくつかチャレンジしたものの、実現したのは倉敷市のみ。
浦辺鎮太郎の考える「市庁舎のあり方」を感じられる唯一の建物が、「倉敷市役所 本庁舎」となります。
倉敷市役所 本庁舎の特徴
建築家としての夢が詰まった建物ですが、市庁舎は公共建築であるため、公共施設としてのあり方が求められます。
公共建築は経済性・合理性を求められる傾向が強く、今から市庁舎を建て替えることになった場合、おそらくこの点が最重要視されるでしょう。
倉敷市本庁舎の竣工当時、「ぜいたく」「東洋一の無駄遣い庁舎」などと、新聞では批判されたそうです。
その理由は、以下のような特徴を有していたためと思われます。
- 高さ66メートルの塔
- シビックプライドを表現した市民ホール
これらの特徴は、ストックホルム市庁舎、ヒルヴェルスム市庁舎と同じです。
では、これらの庁舎に共通している「思想」はなんなのか?
それは、ヨーロッパの伝統に基づいた象徴性です。市庁舎を開放的な市民の憩いの場とするだけではなく、厳格に市民精神を感じさせる儀式的な空間としての機能を持たせました。
このような機能を持たせた理由として、「浦辺鎮太郎の強いこだわり」で終わらせるのは早計でしょう。
当時の時代背景として、玉島市・児島市が合併して新たな倉敷市となり、「新しい倉敷」として歩んでいくために象徴的なものが求められ、それが市庁舎に反映されたのだろうと想像します。
実際、内部にも細かい「こだわり」が詰まっているのです(詳しくは後述)。
高さ66メートルの塔
倉敷市役所 本庁舎の建物としてもっとも印象的なものは、「高さ66メートルの塔」でしょう。
地上10階建ての建物最上部にあります。
倉敷市内ではかなり背の高い建物ですが、近隣にある足高神社より高くならないように調整され、50センチ低くなっているそうです。
また、この塔を近くから見る機会はあまりないと思うのですが、実は塔の四隅には金と銀の玉があります。
これは、古事記・日本書紀で伝えられている「山幸彦と海幸彦(やまさちひことうみさちひこ)」という日本神話に登場する、塩満珠(シオミツタマ)と塩乾珠(シオフルタマ)を表しているそうです。
- 山を作った神様(倉敷)
- 海を作った神様(玉島・児島)
合併する3市の拠り所になり、市民のシンボルとなる願いが込められたのかもしれません。
倉敷市庁舎完成時に、浦辺鎮太郎本人が残した「新しい倉敷市庁舎」というメモに記載されています。
記事の最後にメモの写真を掲載しているので、よろしければ見てください。
シビックプライドを表現した「市民ホール」
倉敷市役所 本庁舎の市民ホールは、浦辺鎮太郎の考える庁舎建築としてもっとも象徴的な空間でしょう。
- 高い天井と、倉敷市の市花「藤」をモチーフにした照明
- 大理石の床
- 歴代名誉市民の肖像画 など
華美な豪華さはありませんが、厳格な雰囲気は見るだけでも感じられます。
「市民ホール」は倉敷市本庁舎1階にありますが、普段は利用することができません。
市役所の職員でも、日常的に利用することはなく、市長が出席するようなセレモニーなど、年間数回しか利用されない特別な空間。
「このような空間は無駄である」という意見はあるでしょう。
しかし、浦辺鎮太郎は「厳格に市民精神を感じさせる儀式的な空間」を作ることにこだわりました。
当時(倉敷・玉島・児島の3市合併)と40年ほど経過した今では、市庁舎に求める考え方は変わったかもしれません。
しかし、「市民ホール」に初めて入って、この空間に込められた想いを筆者は強く感じました。
建物の外部をチェック
それでは、倉敷市本庁舎の外観を見て行きましょう。
レンガタイル張り・アーチ形状の開口部を持つ建物は「駐車場」。
倉敷市民でも「駐車場が一番いい」という人は多く、街路樹を含めて筆者も一番好きな景色です。
建物の内部をチェック
続いて、建物の内部を見てみましょう。
1階(主に住民サービスエリア)
1階は各種届け出など、主に住民サービスが提供されているエリアです。
前述の市民ホールも1階にあります。
3階(主に市長の執務スペース・議場)
2階以降は基本的に執務スペースとなっており、だいたい同じような作りになっています。
しかし、3階だけは雰囲気が異なります。3階は市長の執務スペースや議場があるためです。
3階に屋上庭園
議場のすぐ近くには、屋上庭園があります。
屋上庭園があることは、視察に来たかたも驚くことが多いそうです。
竣工から40年以上経過した「倉敷本庁舎の今」
このように、市民の窓口、職場としての機能はもちろん、「倉敷市のシンボル」的な意味合いも持っている倉敷市本庁舎。
現在は、倉敷市総務課が庁舎管理を行なっています。
記事の後半では、庁舎管理の仕事、倉敷市本庁舎について知ってほしいことなどをインタビューしました。