私は倉敷市地域おこし協力隊として2023年12月に、神奈川県から倉敷へ移住しました。
移住してまだ3か月ほど。地元の人や移住者の先輩から、倉敷のいろいろなことを学んでいる最中です。
特に親身になって教えてくれたのは、同じく地域おこし協力隊の鈴木菜央(すずき なお)さん。倉敷で3年半も地域おこし活動を続けた、私にとっての大先輩です。鈴木さんとは仕事の相談はもちろん、一緒にご飯を食べに行ったり、彼女のアルバイト先にお邪魔したり、プライベートでもお世話になりました。
しかし、鈴木さんが2024年3月に地域おこし協力隊を卒業して、倉敷から離れてしまうと聞き、彼女の活動を形として残したくなりました。
3年半、美観地区の未来を考え続け、地域づくりに注力した鈴木さんの活動を紹介します。
記載されている内容は、2024年3月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
地域おこし協力隊とは
地域おこし協力隊は、都市地域から過疎化に悩む地域へ移住し、その地域の協力活動をおこなう国の取組です。
地域おこし協力隊は、都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を異動し、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組です。隊員は各自治体の委嘱を受け、任期はおおむね1年から3年です
総務省|地域力の創造・地方の再生|地域おこし協力隊 (soumu.go.jp)
倉敷市でも地域おこし協力隊を募集しており、2024年3月現在倉敷市では12人の地域おこし協力隊が活動中です。
私もそのうちの一人ですが、初めて募集を見たときに「倉敷市が過疎地域なの!?」とびっくりしました。
一口に協力隊といえども、自治体から各隊員に与えられるミッション(依頼内容)は違うため、活動内容や働く場所もそれぞれまったく異なります。しかし、どの隊員にも共通しているのはすべての活動が倉敷の活性化につながること。
どのような人が地域おこし協力隊となり、どのような活動をし、そして任期終了後にどのような未来を歩んでいくのでしょうか。
鈴木菜央さんについて
鈴木菜央さんは、2020年10月に倉敷市地域おこし協力隊に着任しました。
美観地区およびその周辺の町家の再生・利活用をおこなう、NPO法人倉敷町家トラストが受入団体となり、「持続可能な観光」をテーマに活動を続けてきました。しかし、地域おこし協力隊には任期があり、鈴木さんは2024年3月末で卒業となります。
卒業後は青年海外協力隊となり、タイで引き続き「持続可能な観光」の取組を続けていくそうです。
地域おこし協力隊になった経緯
出身地は奈良、学生時代は福岡、前職は東京と、さまざまな地域の暮らしを経験してきた鈴木さんですが、地域おこし協力隊に応募するまで、岡山や倉敷に対する関心はほとんどなかったそうです。
「昔からニュースで見る世の中の出来事や身の回りで起きることに対して、他人事でいられなかった」と話す鈴木さん。
学生時代は、国際協力やボランティアといった社会貢献活動に積極的に取り組んでいました。
「いろいろな人と交流して、お互いの世界を知って、愛や思いやりであふれる社会を目指していきたいという気持ちはずっと持っていた」と語ります。
鈴木さんは前職でコロナ禍を迎え、思うように働けず転職を考えていた時期に、当時の倉敷市地域おこし協力隊に「倉敷で協力隊の募集があるよ。興味あるんじゃない?」と声をかけられました。
最初は倉敷に移住するイメージもまったく湧かなかったそうですが、地域おこし協力隊の仕事や倉敷の街を調べていくうちに、どんどん地域おこし協力隊になりたい気持ちが強くなります。
鈴木さんが応募した協力隊のおもなミッションは「美観地区エリアの古民家の再生・利活用」。自身の生まれ育った奈良にも、歴史ある木造建築が多かったので、古民家をあつかう活動への関心は大きかったそうです。
しかし、鈴木さんが協力隊に着任して4か月ほどで、その後メインテーマとなる「持続可能な観光」というミッションがあらたに加わりました。
倉敷市地域おこし協力隊としての活動
鈴木さんは、倉敷市地域おこし協力隊の任期期間中、おもに以下の活動をおこなってきました。
- 「倉敷町家トラスト」での活動
- 「持続可能な観光」に関する活動
活動内容1.「倉敷町家トラスト」での活動
一つ目は、受入団体であるNPO法人倉敷町家トラストでの活動です。
倉敷町家トラストは、美観地区エリアの古民家の再生・利活用を通じて地域貢献活動をおこなっており、鈴木さんもその活動に参加していました。
以下はその活動の一例です。
- 古民家を使用した宿(御坂の家)の運営
- 町家の清掃・改修作業
- 「町家deクラス」イベント事務局
倉敷町家トラストに所属していたからこそ、まちづくりや地域づくりに対して、熱い想いを持つ人たちと出会えたそうです。
活動内容2.「持続可能な観光」に関する活動
「持続可能な観光」とは、その地域の「文化」「経済」「環境」のバランスを保ち、それぞれの視点から今後も持続的に発展していける観光のこと。
国連世界観光機関では以下を定義としています。
持続可能な観光をわかりやすく定義すると、
持続可能な観光の定義 | UNWTO (unwto-ap.org)
「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」ということになります。
鈴木さんは「観光はあくまでも地域を良くするための手段であって、目的ではない。観光のために地域があるのではなく、地域のために観光があることが大事と思います」と話します。
鈴木さんの考える理想の地域はお店にとっても、観光客にとっても、地域住民にとっても、美観地区が「良い場所だね」と思ってもらえることでした。そのためには、自分一人だけでなく、倉敷の人々にも持続可能な観光について知ってもらう必要があると考えたそうです。
まずは、持続可能な観光について学ぶべく、公式トレーニングプログラムに参加します。淡路島で3日間の講義を受けたあと、試験に合格し、サステナブルツーリズムの個人証書を獲得しました。
次は、地域の人に持続可能な観光について伝えるべく、美観地区の倉敷物語館で「持続可能な観光地を目指して ~美観地区のこれからを観光を考える~」という講演会を開催。大原美術館・倉敷アイビースクエア・倉敷国際ホテルなど、観光客と密に関わる事業者に声をかけ、講演会に参加してもらいました。
この講演会がきっかけとなり、倉敷市観光課・倉敷観光コンベンションビューロー・倉敷町家トラストと鈴木さんの4者で話し合う場が生まれます。
その話し合いのなかで、鈴木さんが提案したのは給水スタンドの設置でした。
自身もマイボトルユーザーである鈴木さん。給水スタンドを設置すれば、ペットボトルのごみの削減やポイ捨てが減って、環境配慮につながると考えたのです。
結果、夏場の利用者がかなり多く、使用量の報告書からCO2がかなり削減されたことがわかりました。
「環境負荷に貢献できた活動の一つだったと思います」と鈴木さんは振り返ります。
鈴木さんへインタビュー
倉敷市地域おこし協力隊の鈴木菜央さんに、活動について話を聞きました。
「持続可能な観光」という活動テーマにおいて、鈴木さんが大事にしていることは何ですか?
鈴木(敬称略)
「事業者良し、観光客良し、住民良し」という、みんなにとって居心地の良い地域づくりをしていくことが、持続可能な観光にとって一番大事なことだと思っています。
観光はその地域があるから成り立っているものであって、地域そのものが持続していかないと、観光地としてあり続けることも、評価され続けることも難しいと思うんです。
たとえば、観光地化しすぎて住民がゼロになった美観地区って、テーマパークみたいですごくもったいないですよね。
人が暮らしている環境が続いているのが美観地区の魅力なのに、景観だけが残されていくのはなんだかなぁと思っていて……。
地域ならではの魅力を守り続けるためには、持続可能な観光についてみんなで考えることも必要なのかなと思っています。
美観地区でも「くらし・き・になるエリアプラットホーム」という、いろいろな人と対話しながら「倉敷をどういう街にしていきたいか」を話し合う場があります。
倉敷の街を守りたい!もっと良くしたい!と、熱い想いを持った人たちと話せる素敵な場です。
そういう場が今後も続いていったらいいなと思っています。
「持続可能な観光」が活動テーマになった経緯を教えてください。
鈴木
3年前の2021年、「滞在型観光のプログラムを作りたい」と倉敷町家トラストに相談がきて、まずはみんなで観光関連の情報収集をしたんです。
ある日、代表の中村泰典(なかむら やすのり)さんが、持続可能な観光を取り上げた記事を持ってきて、そこで初めて「持続可能な観光」というワードに触れました。それが協力隊に着任して大体4か月くらいの出来事でしたね。
でも実際にそれってどのような内容で、どう実践していくのかっていうのがまったくわからなかった。なのでまずは勉強会に参加したり、持続可能な観光を実践している地域の視察に行ったりしました。
そこから、「地域を良くするためには観光地としての課題に向き合うことも大事だよね」と周りの人たちとも話すようになりました。
観光業に興味があったというよりも、「観光を切り口にして持続可能な地域づくりをしていきたい」という想いが強かったです。
「持続可能な観光」は私一人で決めたテーマではなく、周りの人たちと一緒に見つけ出したものでした。
地域おこし協力隊の活動をとおして、鈴木さん自身にどのような影響がありましたか?
鈴木
昔から人と関わるのが好きな性格でしたが、倉敷で地域おこし協力隊になってから、人や地域に対する関心がますます強くなりました。
地域おこし協力隊の醍醐味(だいごみ)だと思うんですけど、本当にいろいろな人と出会える仕事なんですよね。
住民、事業者、経営者、観光客、いろいろな人と出会えて、それぞれの世界を見せてもらったというのは非常に大きかったと思います。普通の会社員ではここまで多くの人に会えていなかったと思うので。
あとは、観光地を見る視点がまったく変わりましたね。
たとえば旅行で観光地に行ったら、できるだけその地域のものや、地域のかたが作っているものを積極的に選ぶようになりました。学生時代は何も考えずに消費活動をしていたけれど、いまは本質的な部分に目を向けるようになったなぁと実感しています。
旅行先でその地域の人に話しかけるのも、協力隊になってからより積極的になったと思います。
活動以外で、倉敷での暮らしはどうでしたか。
鈴木
顔見知りのお店の人に「最近どう」って声かけてもらったり、いつも散歩しているご近所さんや隣の家のおばあちゃんに挨拶したり、何気ない地域の人とのコミュニケーションがとても楽しかったです。
美観地区に知り合いがたくさんできたので、孤独に感じることはほとんどなかったですね。
あとはありがたいことに、「うちでアルバイトしない?」と声をかけてもらって、日本全国の郷土玩具や工芸品を取り扱う日本郷土玩具館と、地元に愛される居酒屋の備中の地酒バル 粋酔日で働けたのも良い経験になりました。
憧れの作家さんと出会えたり、海外のお客さんに地酒を説明したり、アルバイト先でもいろいろな出会いがありました。
協力隊同士の横のつながりにも助けられましたね。月に一度、倉敷市の協力隊が集まるご飯会があって、そこで悩み相談もできたし、それぞれのエリアの情報も仕入れられたし、仲間のように思っていました。
地域おこし協力隊を卒業したら青年海外協力隊で活動されるんですね。なぜ倉敷からタイに?
鈴木
もともと学生時代から国際協力への関心が高くて、海外ボランティアの活動もしていたので、青年海外協力隊にももちろん興味はありました。でもハードルの高さを感じていて、憧れはあるけど自信がなくてなかなか挑戦できない……っていう状態が続いていました。
けれど、知人に誘ってもらったJICA海外協力隊(※海外協力隊の総称)の説明会に参加してみたら、やっぱり興味が湧いてきて。
JICAのOB・OGのかたに背中を押されて、申し込みをするかどうか検討していたときに、タイが持続可能な観光に関する職種を募集しているのを見つけました。見た瞬間、「倉敷でやってきたことが生かせる場所はここだ!」と思ったんです。
しかも、持続可能な観光に関する知識を持っている人が求められていて、「私やん!」と思いました。かなり衝撃を受けましたね。
自分の知見のある分野に困っている人がいて、そこで自分にできることがあるなら貢献したいと思っていましたし、自分にとってもステップアップになるなら挑戦してみたかった。
自分の経験を活かせるミッションがなかったら、申込んでいなかったと思います。
タイでは、持続可能な観光プログラムの企画・運営や広報の支援などの活動に取り組む予定です。
タイでの活動の目標はありますか?
鈴木
一番は現地の人たちと信頼関係を構築すること。仕事関係の人だけじゃなくて、いろいろな地域の人とコミュニケーションをとりたいですね。
倉敷でいろいろな人が意見を言い合える場を見てきたから、タイでもそういう場を作っていけたらと思っています。多くの人を巻き込んで、その地域の未来について一緒に考えていきたいです。
仕事以外だと、行事に参加したり、食文化を学んで向こうの人と一緒に料理できたらいいなぁ。
倉敷市民に向けてメッセージをお願いします。
鈴木
私の活動を見守ってくださったかたがたに本当に感謝しています。
地域の課題に対して、いろいろな人が仕事終わりに集まって、「ああでもないこうでもない」って話し合う場を間近で見てきたので、そのたびに「倉敷の未来には希望がある」と前向きな気持ちになれました。
自分一人じゃなかなか環境は変えられないと落ち込むときもあったけれど、いろいろな人の熱意に触れられて、私自身、希望をもらっていたと思います。
地域おこし協力隊の活動をとおして、今後の生活が豊かになるような知識もたくさん教えてもらいましたし、次の環境でも生かせるような良い経験ができました。
私は倉敷を離れてしまいますが、居心地良く人が住み続けられる地域としてずっと続いてほしいです。
みんなで顔を突き合わせて、この地域の未来について考えていく場が、これからも広がっていけばいいなと思います。
おわりに
取材が終わったあと、筆者は鈴木さんと一緒にお昼ご飯を食べに行きました。
お店に向かう途中、出会う人に「○○さんこんにちは」と声をかけて雑談し、お店に入ってから店員さんに「いなくなるのがさみしいねぇ」と言われる鈴木さんを見て、倉敷で3年半を過ごした彼女の軌跡(きせき)が、垣間見えた気がしました。
地域おこしをするためには、まずは地域を知る。
そして地域を知るためには、そこで暮らす人々との交流が必要不可欠だと感じています。
鈴木さんが地域おこし協力隊で得たスキルや経験値は、卒業後にもきっと生かされていくと思いました。
これからの彼女の活躍も応援していきたいです。
鈴木さんの卒業後の活動は、Instagramで発信する予定です。