歴史的な景観が多く残る倉敷市。
美観地区には、江戸時代から続く繊維産業の繁栄を象徴する商家の建物が並んでおり、当時の風景を現代でも見ることができます。
瀬戸内海に面する玉島と下津井に見られる景観は、江戸時代の交易船 北前船の寄港地として栄えた町並みです。
倉敷市北部の庄や真備には、楯築遺跡(たてつきいせき)や鯉喰神社(こいくいじんじゃ)、箭田大塚古墳(やたおおつかこふん)など桃太郎伝説に関わる遺跡が残されています。
それぞれの遺跡や文化財には、造られてから現代に至るまでのストーリーがあり、倉敷市には日本遺産として3つのストーリーが認定されているのです。
日本遺産は、歴史的、文化的に価値の高いものをストーリーによって結び付けて体系的に整理し、地域活性化のために活用していくために文化庁が制定した認定制度。
倉敷に数多くある文化財をどのように活用しているのかについて、倉敷市 日本遺産推進室の上田 哲三(うえだ てつぞう)さんと池田 康幸(いけだ やすゆき)さんに話を聞きました。
記載されている内容は、2021年5月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
倉敷市の日本遺産
日本遺産とは?
日本遺産は、地域にある歴史的な建造物や町並みなど、地域固有の財産として体系化されたストーリーを文化庁が認定するもので、広く地域の魅力を発信することを目的としています。
2015年に、文化庁が日本遺産の認定を始めました。
世界遺産登録や文化財指定は、価値をつけて保護することが目的であるのに対し、日本遺産は、地域に点在する遺産をストーリーとしてつながりを持たせて、発信することに重点を置いています。
文化庁のホームページに、日本遺産の目的が詳細に記載されているので、もっと詳しく知りたい人は見てみましょう。
倉敷市にある3つの日本遺産
倉敷市で認定されている日本遺産は以下の3つです。
- 一輪の綿花から始まる倉敷物語~和と洋が織りなす繊維のまち~
- 荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~
- 「桃太郎伝説」の生まれたまち おかやま~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語~
それぞれの日本遺産についての詳細は、倉敷市日本遺産推進室のホームページに掲載されているので、この記事では簡単に倉敷市の日本遺産の概要を紹介します。
一輪の綿花から始まる倉敷物語~和と洋が織りなす繊維のまち~
現在の倉敷市の陸地部のほとんどは、かつて海でした。
江戸時代には、干拓によりできた土地で塩分に強い綿やイ草の栽培が始まります。
美観地区の町並みは、江戸時代に発達した綿花産業から得られた富により築かれました。
明治時代には、工業化が進み倉敷紡績所が作られたことにより繊維産業が発達。
倉敷一帯が大きく発展し、現在では製品出荷額日本一の繊維のまちといわれるまでに至ったのです。
荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~
玉島、下津井は、江戸時代の交易船である北前船の寄港地。
日本各地からさまざまな商品が持ち込まれ、交易の拠点として発達しました。
玉島、下津井には当時の建造物が多く残されており、交易の拠点として栄えた街の雰囲気を感じることができます。
「桃太郎伝説」の生まれたまち おかやま~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語~
現在の倉敷市の北部は、いにしえに吉備と呼ばれた国の一部でした。
古代吉備は、温暖な気候や瀬戸内海に面した交易に適した土地であったため、強大な勢力を有していたそうです。
倉敷市の庄や真備地区には、楯築遺跡や鯉喰神社、箭田大塚古墳など、桃太郎の伝説に登場する遺産が残っています。
倉敷市 日本遺産推進室とは?
倉敷市には、日本遺産の魅力発信を専門に扱う部署「日本遺産推進室」があります。
数多くの日本遺産の構成文化財を有する倉敷市が、どのような活動をしているかは気になるところ。
これまでの取り組みや日々の業務について、日本遺産推進室の上田 哲三(うえだ てつぞう)さんと池田 康幸(いけだ やすゆき)さんにインタビューしました。
日本遺産推進室発足の経緯
日本遺産推進室は、倉敷市の最初の日本遺産「一輪の綿花から始まる倉敷物語~和と洋が織りなす繊維のまち~」が登録された2017年(平成29年)6月に発足しました。
倉敷市の日本遺産の活用方法を検討し、施策を実行していくための日本遺産活用の専門部署です。
部署間の連携を強化することを目的に、他の部署と兼務している人が多く所属しています。
他の自治体では、観光や教育関連の部署が日本遺産に関わる事業を取り扱うことが多いそうですが、日本遺産を専門で担当する部署は全国的に見ても珍しいそうです。
日本遺産推進室の取り組み
日本遺産の認定には、文化財や歴史の整理だけでなく、地域活性化に向けた6年分の事業計画の策定も必要でした。
また、事業計画に沿った取り組みを実行していくとともに、年度初めには状況に応じて事業計画を見直し、新たな施策を取り入れなくてはなりません。
事業計画は、以下の5つの観点で整理されています。
- 情報発信事業
- 人材育成事業
- 普及啓発事業
- 調査研究事業
- 公開活用のための整備に関わる事業
情報発信事業
冊子やポスターの制作、ウェブサイトでの発信が情報発信事業です。
日本遺産の構成文化財やストーリーを紹介するガイドブックはもちろん、倉敷市内に点在する文化財を自転車で巡るガイドブックも作成しました。
くらしき日本遺産トリップでは、倉敷市にある日本遺産を動画、VR(バーチャルリアリティ)を使って紹介しています。
人材育成事業
日本遺産を活かすためには、地域に根ざした人を育てることも大切です。
小学生が日本遺産について興味を持つきっかけとなるように、日本遺産のストーリーをわかりやすく描いたマンガを作成しました。
また、高校生たちが実施した日本遺産に関する取り組みについての成果報告会も開催しています。
普及啓発事業
日本遺産をまったく知らない人へ向けて、知ってもらうきっかけを作る活動も行なっています。
たとえば、地域の屋外イベントに出店し、会場を訪れた人に向けて日本遺産を紹介。
他にも、公用車に倉敷市の日本遺産を宣伝するためのロゴやイラストをラッピングして、街ゆく人へ周知する取り組みを行なっています。
倉敷の日本遺産をモチーフにしたマスキングテープも作成しました。
調査研究事業
日本遺産を活用していくうえで、わかりやすさは大切ですが、本質的な内容も重要です。
大学の先生などに協力してもらいながら、歴史や文化の調査を続けています。
歴史や文化は、掘り下げていくと面白い物語が見つかることもあるので、広告活動へ活かしているそうです。
公開活用のための整備に関わる事業
日本遺産の展示スペースを、倉敷、児島、玉島の3箇所に整備。
情報発信の拠点として、日本遺産の構成文化財についての映像上映、パネル展示を行なっています。
以下は、日本遺産の展示を行なっている施設です。
日本遺産推進室の紹介
日本遺産推進室の目的
日本遺産の目的を教えてください
池田(敬称略)
倉敷に住む人たちに、倉敷には素晴らしい歴史と文化があることに気がついてもらい、地域への誇りを持ってもらうことが目的。
地元の人にとって歴史的な建造物や文化、産業は、身近な存在であるため、素晴らしい価値であることに気付いてもらうためには、きっかけが必要です。
そこで、自治体や地域住民が歴史や文化財の希少価値や歴史的な重要性が理解できるように、ストーリーとして体系的に整理し、日本遺産として認定されることを目指しました。
倉敷にある歴史や文化財の価値を認識してもらい、魅力を再発見してほしいと考えています。
地域活性化への取り組みは、地域への愛着があるからこそ進めていけるものです。
歴史ある景観や文化財が、地域おこしの起爆剤になればと考えています。
従来の文化財の利活用と日本遺産の違いを教えてください
上田(敬称略)
文化財の保護ではなく、地域活性化に活かすことを目的としている点です。
文化財を保存するという観点からいえば、公開しないというのが一番。
しかしながら、価値のある文化財を保存しておくだけでは、地域の活性化につながりません。
もちろん、文化財を公開することで観光のためにも活用していますが、外部から一時的に人を連れてくるだけでは地域活性化とはいえないでしょう。
大切なことは、地域の人が地域に宝があることに気がつき、愛着や誇りを持つことです。
行政が独りよがりで街おこしをするのではなく、住民らが主体的に街を盛り上げてく基盤を作ろうとしています。
文化財の保護や観光だけでなく、住人に倉敷の魅力に気づいてもらうことが日本遺産推進室の仕事です。
日本遺産推進室の特徴
どのような体制で業務を進めていますか?
上田
日本遺産の活用を専門に取り組む部署を設置している自治体は珍しいと思います。
他の自治体では、観光課や教育委員会の文化財に関わる部門で、日本遺産に関する業務を担当していることが多い。
文化財部門だけでは、知識や人脈が不足し、地域との連携をしながら業務を進めることが困難な場合があります。
そこで、倉敷市では、日本遺産についての専門部署を設置するとともに、他部署との兼務者を配属させることで、それぞれの部署が得意分野で協力できる体制を構築したのです。
池田
倉敷市内で日本遺産を活用する人は自治体だけではありません。
さまざまな分野で活躍している個人、企業が参画し、総意として日本遺産を推進していくことが地域活性化に重要だと捉えています。
そのため、それぞれの部署が持っている個人や企業とのつながりを活かすために、部署の垣根を超えた体制を整えました。
特に力を入れていることはありますか?
池田
令和4年度から、高等学校では総合的な探究の時間という新たな授業が導入されます。
そこで、日本遺産推進室では、高等学校の探究活動に日本遺産を取り入れやすくするため、日本遺産に関わるテーマを取り上げた学校に活動費の補助を始めました。
令和元年度には4校、令和2年度には6校が、日本遺産に関わる活動を実施しています。
これまでに、地域の特産品である綿花を育てる取り組みや、観光用広告動画の作成などを生徒たちと実施しました。
日本遺産は探究活動のテーマとして、うってつけの内容。
学校と連携しながら、教育分野でも日本遺産について教えていきたいと思います。
おすすめの日本遺産
おすすめの日本遺産を教えてください
池田
【一輪の綿花から始まる倉敷物語〜和と洋が織りなす繊維のまち〜】
現代に残る倉敷の風情ある町並みは、400年前に始まった綿の栽培から生まれました。
倉敷の文化の起源を象徴する商品であるデニム製品を手に取り、購入してほしいです。
【荒波を超えた男たちの夢が紡いだ異空間〜北前船寄港地・船主集落〜】
玉島の旧柚木家住宅(西爽亭)に、ぜひ足を運んでいただきたいです。
もともと備中松山藩の庄屋を務めた人が住んでいたという大きな屋敷。
風格ある建物の中には、歴史を感じる空間が広がっています。
【「桃太郎伝説」の生まれたまち おかやま~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語~】
古代吉備の時代から残る楯築遺跡は、ぜひ足を運んでほしい場所。
直径約50メートル、高さ5メートルの丘陵の上に、巨石が5つ並ぶ光景は独特です。
日本遺産推進室の事業を聞いて
筆者が育った街には景観のよい場所や歴史的な建造物がなかったためか、郷土愛を感じたことはありませんでした。
街に対する興味は、まったくなかったと思います。
しかし、倉敷で生活を始めたころ、自分が住んでいる街に多くの人が足を運んでくれる観光地があることを誇らしく感じ、街に対する愛着を理解できました。
歴史ある建造物や遺跡には、それぞれに長い年月を伴うストーリーがあるからこそ、人を惹きつける魅力が生まれるのだと思います。
街の魅力的な景観が持つストーリーを知ることで、倉敷を好きになる人がもっと増えてほしいと感じました。