美術館で作品の解説文を読んで、「言葉が難しくてよく分からない」と感じたことはありませんか。
専門用語やかたい表現ばかりで、「もっと分かりやすかったら、さらに楽しめるのに」と思ったこともあるかもしれません。
岡山市にある「林原美術館」では、そのような声に応えるため、2025年6月28日から始まる林原美術館の企画展「美術鑑賞の事始め-見方の味方-」において、すべての作品の解説文を「やさしい日本語」で紹介する試みをおこないます。
そして、準備段階となるワークショップが、2025年5月28日に高梁市の吉備国際大学 学生会館「キューブ」でおこなわれました。
ワークショップのようすを紹介します。
記載されている内容は、2025年6月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
林原美術館の企画展「美術鑑賞の事始め-見方の味方-」

林原美術館では、刀剣・書画・備前焼・能面など、多彩な所蔵品を通して、それぞれの美術品の「見どころ」や「楽しみかた」をやさしく紹介する企画展「美術鑑賞の事始め-見方の味方-」を、2025年6月28日(土)〜9月7日(日)に開催します。
本展では、解説文を「やさしい日本語」で表記しており、日本語に不慣れなかたや子どもにも分かりやすい内容となっています。
企画展の経緯と目的について

まず、林原美術館の学芸員 橋本龍(はしもと りょう)さんに、この企画展の目的を聞きました。
「実は私、キャプションを書く立場ではありますが、自分自身で読むと、専門用語が多くて“読みづらいな”と感じることもあるんです」と話す橋本さん。
専門的な知識があるからこそ、そうした言葉が初めてのかたにはハードルになることも意識していたと言います。
「それってきっと、お客様も同じなのではないか」という気づきが、今回の展覧会づくりの原点になったそうです。
- 刀のどこが美しいのか
- この作品の見どころは何か
このようなポイントを、あえて詰め込みすぎずに「まずは刃文だけ見てください」「この形の変化を楽しんでください」と、誰にでも伝わる視点で示す。それが、キャプションづくりのゴールなのだと橋本さんは話します。
このため、橋本さんは日本の美術に馴染みのない人にも楽しんでもらうために、以前よりキャプションの工夫をおこなってきていました。その取り組みを通じて「やさしい日本語」という考えかたに出会います。
2023年9月から11月に開催された企画展「使う、繕う・伝える-古よりのSDGs-」展を手始めに、いくつかの展示で「やさしい日本語」を取り入れるようになりました。以来、来館者の反応を見ながら実践を重ねてきたと言います。
そして、林原美術館は今回の企画展をすべて「やさしい日本語」に統一するという挑戦を決めたそうです。
けれども、「やさしく書く」ことは決して簡単ではありません。
「専門的に書くほうが、実はずっと楽なんです」と橋本さんは言います。伝えたい情報は多くあっても、どれか一つに絞り込み、短く、正確に、誰にでも伝わるように書く。この三つを同時に満たすことの難しさを強調されていました。
このような経緯があり、吉備国際大学でワークショップが開催されました。
留学生と日本人学生が協力!キャプションの「やさしさ」を評価
吉備国際大学では、留学生たちが授業で学んだ日本語を実際に使いながら、地域の人々と交流し、日本文化への理解を深めていく取り組みがおこなわれています。こうした教育理念に基づき、異文化体験や地域とのつながりを大切にするさまざまな活動に力を入れてきました。

その取り組みの一環として、林原美術館が作成した「やさしい日本語」の解説キャプションが、留学生にも正しく伝わるかをチェック・評価をおこないました。
この日、ワークショップに参加したのは、中国、インドネシア、ベトナム、カンボジア、スリランカ、ネパールの6か国から来た18人の留学生と日本人学生たちです。

異なる言語や文化背景を持つ学生同士が協力しながら、日本語の難しさ、伝える工夫、そして美術館の役割について考えました。
誰もが楽しめる美術館を目指して
林原美術館の企画展における、「やさしい日本語」対応に協力しているのは、「合同会社マーブルワークショップ」代表の髙尾戸美(たかお ひろみ)さん。
日本語教室でのボランティア活動をしながら、全国のミュージアムで「やさしい日本語」の大切さを伝える活動を続けています。

「吉備国際大学の留学生に協力してもらうことで、日本語を母語としない人、美術についてあまり興味のない人にも、分かりやすく楽しめるような文章になることを目指そうとしている」と髙尾さんが話してくれました。
髙尾さんにとって、展示を一般公開する前の段階で、外国人留学生のリアルな意見をもとに解説文の評価をおこなう試みは、新しい挑戦だったそうです。
試行錯誤しながらおこなわれた、今回のワークショップは以下のように進められました。
- まず、もとの解説文を読む
- 「どこが分かりにくいか」「興味を持ったところ」を、付箋を使って自由に書き出す
文章全体が難しく感じた部分には赤い線と番号をつけて、解説をおこなう - 参加者全員で気づきを共有する
どのようなやりとりがあったのでしょうか。ワークショップのようすをのぞいてみました。
ワークショップ会場のようす

会場には、林原美術館の橋本さんが用意した作品の解説文と写真が並べられていました。
そのあと、橋本さんと髙尾さんが各テーブルを回って、作品の写真や解説文について、以下のように分かりやすく説明してくれました。
- 巻子(かんす)・巻物(まきもの)
長い紙を横に続けて、物語や風景がつながるように描かれたもの - 屏風(びょうぶ)
折りたたみ式で、部屋の仕切りや目隠しとしても使われていたもの - 実景 vs. 空想
富士山のように実際に見た風景と、中国の古典をもとに想像で描いた世界との違い - 物語絵
登場人物の見ている風景や小道具が描かれていて、そこから物語が想像できるような絵
このように、一つひとつの作品について、10分ほどかけて、グループごとにじっくりと観察したり話し合ったりしていました。

解説の文章を読んでいるとき、日本人の学生が、留学生が分からなかったところを一つずつていねいに説明してあげていました。
なかには、能面の表情や違いをじっくり観察して、そこから感情や役柄を読み取ってみる、という活動もおこなわれていました。
テーブルの上には、ほかにもいくつかの能面の写真が置かれていて、参加者たちはそれぞれ見比べたり、解説の文章を手にしたりしながら、思い思いに想像をふくらませていたようです。


留学生が、解説文の単語から作品の背景、さらに日本のさまざまな時代の特徴にまで興味津々に耳を傾けている姿。
今回は、留学生たちの協力を得て、その成果を「やさしい日本語」の解説文としてまとめ、展示に反映させるという、全国でも珍しい取り組みです。
参加した留学生たちからは、以下のような声が上がり、驚きや発見のある表情も多く見られました。
- この言葉の意味が分からない
- この器のわらの巻きかた、私の国と同じ!

橋本さんや髙尾さんも、参加者と笑顔で会話しながら会場を回り、終始にぎやかであたたかい雰囲気に包まれていました。

ワークショップ終了後には、今回の取り組みについての感想会をおこないました。
「“刺繍”のような言葉も、口頭でなら説明できても、文章にすると難しい。でも、だからこそ見えてくる表現がある」
素朴な質問や意見から、橋本さん自身も多くの気づきを得たと言います。
「やさしい日本語」の普及に全国で取り組んできた髙尾戸美さんに、活動について話を聞きました。