毎年5月と10月に阿智神社で開催される例大祭。
例大祭の日に美観地区のあたりを歩いていると、茶色いお面をかぶって赤い団扇(うちわ)を持っている素隠居(すいんきょ)に出会えます。
素隠居はすれ違いざまに団扇で頭を優しく叩いてきます。見た目や雰囲気が独特なので最初はドキッとしますが、その行動には「幸せになりますように」という願いが込められているそうです。
素隠居の文化はなんと江戸時代から続いており、現在は倉敷素隠居保存会によって引き継がれています。
素隠居をどのような想いで継承しているのか、倉敷素隠居保存会に取材しました。
記載されている内容は、2025年5月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
倉敷の名物「素隠居」とは

素隠居とは、阿智神社のお祭り(春季例大祭・秋季例大祭)に合わせて登場するキャラクターで、江戸時代から続いている名物です。
素隠居は「じじ」「ばば」のお面をかぶっており、街ゆく人々の頭を赤い団扇(うちわ)で優しく叩きます。素隠居に叩かれると、賢くなったり、長生きできたり、良いことが起きるといわれてきました。
幸せを振りまいてくれる存在として、長年お祭りを盛り上げています。

今でこそ優しい素隠居ですが、地元の人のなかには「昔の素隠居は怖かった」と話す人もいます。
昔と今で素隠居にどのような変遷(へんせん)があったのか、その歴史をまずは振り返ってみましょう。
江戸時代から現在までの素隠居の歴史
素隠居が誕生したのは、江戸時代といわれています。
当時、京都の祇園祭(ぎおんまつり)に刺激を受けて、倉敷村の人は「妙見宮の御神幸(ごしんこう)を盛大にしよう」と考えたそうです。
妙見宮(みょうけんぐう)
現在の「阿智神社」。
江戸時代初期から明治時代初期までは、観龍寺が別当寺(べっとうじ=神社を管轄する寺)として管理していました。
その後、明治2年の神仏分離政策により、妙見宮の御神体は観龍寺に引き取られ、観龍寺の妙見堂に納められます。
それぞれの村で役割分担をするなかで、獅子舞の役を任された老夫婦は、高齢のため参加が難しい状況でした。そこで、自分たちを現した「じじ」と「ばば」のお面を製作し、若者にそのお面をかぶらせて代理でお祭りに参加させます。
1692年のお祭りで登場したこの「じじ」と「ばば」が、現在に続く素隠居のはじまりとなったのです。

江戸時代の素隠居は、お神輿(みこし)が停まった際に獅子舞を舞う役割を担っていました。「じじ」と「ばば」は近隣の人々に対して愛想が良く、人気のあるキャラクターだったようです。
明治時代に入り、明治2年(1869年)の神仏分離政策で妙見宮の本社が空殿になったことから、倉敷の古名である「阿智」に由来して「阿智神社」と改称。また、祭神が宗像三女神に改められました。
このとき、妙見宮の御神幸も廃止されていたそうですが、再興の気運が高まり、明治5年(1872年)に阿智神社の御神幸として再興されました。
しかし、再興後の御神幸はそれまでのものから無駄が省かれ、神輿太鼓(みこしたいこ)などが廃止され、参加する氏子たちも少なくなったそうです。このため、御神幸に参加しない氏子たちが「これからは我々が神輿を出すぞ!」と自分たちでお布団を重ねて神輿を作り、祭りを盛り上げました。これが今の千歳楽(せんざいらく)です。
その際にも素隠居は現れ、千歳楽に近寄る子ども達がケガをしないように、追い払う役割を担っていました。

千歳楽(せんざいらく)
「千歳楽」とは、内部に縦置きの太鼓を置き、布団を重ねてその屋根とした、瀬戸内一円に分布する山車の一種で、岡山県南部での共通する呼称です。布団の数は、1枚から9枚までさまざまで、狭間には、彫刻があるものもあります。引用元:高梁川流域キッズ
素隠居は団扇を使って子ども達を叩いて追い払い、子ども達は素隠居を「はやしことば」でからかって追いかけさせようとするなど、そのようなやりとりもお祭りの風物詩だったといいます。

子ども達の安全を守るために、叩いてきた素隠居。やがて、現在の「素隠居に叩かれると健康に育つ」「素隠居に叩かれると幸せになる」などの言い伝えに変化していきました。
さらに、バシバシするような力強い叩きかたも、時代に合わせて優しいものへと変わっていったそうです。
倉敷素隠居保存会とは

倉敷素隠居保存会は、伝統的な素隠居の文化を守り、継承していくことを目的とした市民団体です。
元々、素隠居は阿智神社の例大祭にしか現れない存在でしたが、現在は活動の範囲が広がっています。
倉敷素隠居保存会の活動内容
倉敷素隠居保存会のメインの活動は、お祭りへの参加です。
阿智神社の春季例大祭・秋季例大祭、真備・船穂総おどり、倉敷天領夏祭りなど、市内のさまざまなお祭りに素隠居として登場しています。

また、令和6年度は以下の活動もおこないました。
- JR西日本「トワイライトエクスプレス瑞風」の乗客に向けた倉敷駅でのお出迎え、交流会への参加
- 「Kurashiki LIVE-GYM」「くらしき白壁花嫁行列」など、地域イベントの参加
- 素隠居体験や子ども向けのお面作りなど、体験イベントの企画
- 倉敷市職員の研修や市民講座での登壇
- MICEに向けたデモツアーのディナータイムでのアトラクション
(※MICEは、多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントなどの総称)
素隠居として人々と交流することはもちろん、研修や体験イベントなどで、素隠居の文化・歴史・技術を伝える活動にも多く取り組んでいます。

2025年は素隠居がくらしき日本遺産大使に任命されたため、今後はさらに活躍する機会が増えそうです。

江戸時代から続く素隠居を守り続けている倉敷素隠居保存会。事務局長の小田晃弘(おだ あきひろ)さん、安藤俊晴(あんどう としはる)さんに活動のやりがいなどを取材しました。