足で歩くと気に留まらないことも、実は車椅子で移動しようとすると不便な場所がたくさんあります。
もしかしたら、賑やかに見える観光地の光景も、すべての人が楽しめていないかもしれません。
2023年11月12日に、車椅子利用者の視点で観光情報を集めるイベント倉敷車椅子街歩きが美観地区でおこなわれました。
車椅子利用者と健常者が一緒になって美観地区の観光施設や飲食店を訪れることで、車椅子利用者に必要な支援を実体験と通じて学んでいきます
誰もが幸せになれる社会を実現するために、バリアフリーについて私たちができることを一緒に考えていきましょう。
記載されている内容は、2023年12月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
倉敷車椅子街歩きとは?
車椅子利用者が気兼ねなく観光を楽しむためには、どのような情報が必要なのでしょうか?
多様な視点から観光を見直していきましょう。
倉敷車椅子街歩きの概要
2023年11月12日に、車椅子利用者が健常者とともに倉敷美観地区の観光施設を巡るイベント倉敷車椅子街歩きが開催されました。
参加者たちは町を練り歩くだけでなく、観光施設や飲食店のバリアフリーの環境を確認。集めた情報は、車椅子利用者が美観地区を楽しめるように、バリアフリーの情報を載せた観光マップの作成に活用します。
「段差を迂回するためのスロープがある」、「車椅子が通れる幅の通路がある」というような設備的なバリアフリー環境も大切ですが、注目するのはそれだけではありません。
車椅子利用者にとって不便な環境であったとしても、お店のスタッフらの手助けがある場合には、観光施設や飲食店での食事を楽しめます。
気遣いによって生まれるバリアフリーの情報も共有することが、倉敷車椅子街歩きの目的です。
主催者 森上美穂さん
主催者の森上美穂(もりうえ みほ)さんは、幼少期に車椅子利用者の祖母と一緒に過ごしていました。足が不自由なことが原因で、後ろ向きな気持ちになることが多くあり、車椅子での生活に苦しむ祖母のようすを見てきました。
社会人となり、総合病院に5年間勤務。その後は、理学療法士として老人保健施設で働いています。
仕事を通じて車椅子利用者とかかわる機会も増え、バリアフリーのあり方について考えるようになりました。
森上さんが、車椅子利用者とともに街歩きイベントを始めたきっかけは、車椅子で世界一周を達成した三代達也(みよ たつや)さんとの出会い。
世界の都市や観光地は、車椅子利用者が気軽に訪れられる場所だけではありません。
旅先で巡り合う人たちのもてなしや気遣いによって、世界一周を果たした三代さんの言葉に、森上さんはバリアフリーを実現するには環境を整えるだけでは不十分なのだと気がつきます。
そこで、車椅子利用者が自由に観光を楽しめるように、岡山県を中心に観光施設や飲食店のバリアフリー情報の発信を始めました。
設備の情報だけでなく、スタッフの心遣いなどの優しさによって実現されるバリアフリーも大切にしながら、車椅子利用者に向けて情報を発信しています。
観光するときの課題
インターネット上には、観光施設や飲食店の情報があふれていますが、車椅子利用者が気兼ねなく訪れるためには、バリアフリーに関する情報が不足しています。
バリアフリーの言葉を掲げるだけでなく、段差の有無やスロープの幅など、車椅子での行動が不自由なくできるかを確認するための具体的な情報が求められています。
そして、設備的なバリアフリー環境だけでなく、観光施設や飲食店のスタッフの気遣いによって生まれるバリアフリーも、車椅子利用者にとっては大切な情報です。
たとえ建物のなかに段差があろうと、積極的に手伝おうと気遣ってくれるスタッフがいれば、車椅子利用者は楽しめます。
バリアフリーに関する具体的な情報は、店舗が発信するインターネットの情報には載っていないため、車椅子利用者は訪れられるかを判断できない課題があるのです。
美観地区を車椅子で街歩き
車椅子で美観地区に出かけると、どのような不自由に出くわすのでしょうか。
美観地区をバリアフリーの観点から見直してみます。
今日の目的は?
▼最初に主催者の森上さんから、イベントの内容について説明がありました。
美観地区内の観光施設や飲食店を車椅子で巡り、バリアフリーの情報を集めることが目的。そして、大切なことは設備的なバリアフリーの情報だけでなく、スタッフの手助けによって実現されるバリアフリーの情報も集めることです。
観光しながら情報を集めるとともに、参加者らは3チームに分かれて、ミッションを達成するごとに与えられるポイントの合計を競います。
ミッション | ポイント(pt) |
---|---|
WheeLog!アプリ走行ログ機能を体験する | 50pt |
健常者が車椅子体験をする | 100pt |
お店に入店する | 50pt |
集合写真を観光客に撮影してもらう | 50pt |
大原美術館入館、語らい座 大原本邸入館、人力車体験 | 200pt |
海外の観光客に自国のバリアフリーについて聞く | 200pt |
車椅子利用者にとって簡単には実行できないミッションもいくつかならんでいます。ミッションを達成するゲームを楽しみながら美観地区を散策しました。
WheeLog!は、車椅子利用者やベビーカー利用者、杖歩行者などに向けてみんなでバリアフリー情報を共有しつくるバリアフリーマップアプリです。
地図上に並ぶ観光施設や飲食店にバリアフリーの環境について書き込め、あとから訪れる人に共有できます。
また、移動経路も残せるため、車椅子利用者などが通れる道も共有できる仕組みになっています。
▼森上さんの説明が終わったあとは、どのようにミッションを攻略していくかについて、各チーム作戦会議をおこないました。
人力車に乗りたいという希望が出てきたので、まずは人力車を目指します。
▼倉敷物語館を出発し、美観地区へ繰り出しました。
車椅子利用者が人力車に挑戦
美観地区に繰り出すと大原美術館の前で人力車が見つかりました。
▼さっそく、車椅子でも乗れるかを確認します。
人力車を引くお兄さんに尋ねると、人力車に乗ることは車椅子利用者でもできるそうです。
▼ただし、乗るときには補助が必要で、このときは合計4人の補助が必要でした。
筆者も支えかたがわからずに戸惑いながら手伝いました。
▼無事に人力車に乗車。ひと安心です。
人力車を引っ張ってくれるお兄さんは、人力車を引きながら美観地区内を駆け巡ります。建物を通過するたびに、その建物の歴史を語ってくれました。
▼観光案内だけでなく、お兄さんが写真も撮影してくれます。
人力車への乗り降りは簡単ではありませんでしたが、お兄さんがしっかりとサポートしてくれたため安全に乗れました。
車椅子利用者によると、足が不自由になったことで諦めていることがたくさんあるそうです。参加者のかたがたは人力車に乗れるとは夢にも思っていなかったと話してくれました。
▼人力車を降りてひと安心。自然に笑顔があふれ出ます。
観光地でのランチはひと苦労
人力車での観光を終えると、時刻はお昼12時を過ぎていました。お腹がすき始める時間帯です。
美観地区には、車椅子でも気兼ねなく入れる店舗はあるのでしょうか。車椅子利用者の立場でお店選びを始めました。
最初に訪ねた飲食店は、車椅子での入店は問題なかったものの、順番待ちをしているお客さんが多かったために断念。
▼次に訪ねたお店は、煮込み料理が評判の洋風レストラン「みやけ亭」です。
車椅子利用者の多くの人は、入店前に飲食店を利用して問題ないかを確認すると話します。受け入れてくれる飲食店も多いそうですが、店舗の広さや通路の幅などが理由となって、断られてしまうこともあるそうです。
みやけ亭に入るまえに、車椅子利用者でも利用できるかと確認したところ、問題ないとのことでした。
▼備え付けの椅子を移動してもらって、席につきました。
グルメサイトや飲食店のホームページに、「バリアフリー」、「車椅子利用可能」という言葉が書かれていることがありますが、参考にならない場合もあるそうです。
支援が必要な人たちに向けた表現には、具体的かつ定量的な基準が設けられていないものもあります。そのため、実際に店舗に足を運んでみると、とても車椅子では不便で利用できないこともあるのです。
スロープの有無、段差の高さや通路の幅などの具体的な情報があると便利だと話していました。
▼注文した料理は、ポークソテーです。
普段は、カットして提供していないそうです。手が不自由なことに気がついたスタッフが、カットするようにシェフに伝えてくれました。
ささやかな気遣いに、チームのメンバー全員が感動。
車椅子が移動するために十分な空間があるという物理的な利便性も大切ですが、身体が不自由な人でも楽しめるような配慮も大切だといいます。
身体の不自由にかかわらず、平等に楽しめるサービスを提供することが本当のバリアフリーなのかもしれません。
車椅子が美観地区を行く
ポークソテーでお腹を満たしたあとも、美観地区を散策します。
美観地区は、たくさんの人で賑わっており、日本語以外の言葉も飛び交っていました。
▼美観地区を練り歩きます。
平らに見える美観地区の路面でも、実は車椅子利用者には、傾斜を感じる場所も多くあるそうです。
▼街歩き中に立ち寄った「炭珈琲 三村」。店舗を手掛けているのは、美観地区の外れにある「RACOFFEE」のオーナーです。
「炭珈琲 三村」は、蔵を改装して店舗として活用しています。段差が高く、通路も狭いため、車椅子で入店するのは難しそうでした。
その代わり、テイクアウトでコーヒーをいただきました。
歴史的な建物を、誰もが利用できるようにバリアフリーにしてしまうと趣が損なわれる可能性もあります。景観とバリアフリーを両立させるのは難しいときもあるでしょう。
車椅子利用者にとって、空間を平等に楽しめることも重要なのですが、それ以上に、心理的に安心してサービスを受けられることも大切です。テイクアウトしたコーヒーに愛情が込められていたので、これもバリアフリーのひとつなのだと感じました。
江戸時代の建物でスイーツを楽しむ
歴史ある町並みを散策していると、時間は午後2時を過ぎていました。おやつの時間が近づいてきたので、デザートを楽しめる店舗を探します。
デザートを求めて選んだのは、古民家を活用した喫茶店「三宅商店」です。
▼車椅子利用者にとっては、古民家ならではの段差も、補助がないと乗り越えるのは難しいようです。
江戸時代から残る町家を改装した喫茶店のため、店内の至る所に段差があります。
▼入口付近に広がる土間には段差が少なく、車椅子でも利用できるテーブル席がありました。
車椅子でもテーブルを利用できるように、スタッフが椅子を片付けてくれました。美観地区の飲食店は、基本的にどこの店舗でも、車椅子利用者が過ごしやすいように配慮してくれた印象があります。
▼チームのメンバー全員が、デザートを楽しめました。
車椅子を利用しているか、していないかにかかわらず、デザートが心とお腹を満たしてくれたことはいうまでもありません。
チームのメンバー全員、ほっぺたが落ちるぐらいおいしいデザートに、感嘆の息が漏れていました。
街歩きで集めた情報を共有
人力車で美観地区を駆け巡り、ポークソテー、コーヒー、パフェで心とお腹を満たしたら、イベントの終了時間になっていました。楽しい時間はあっという間に過ぎます。
▼すべてのチームが、倉敷物語館に戻って、街歩きで集めた情報を共有しました。
車椅子でも問題なく入店できた店舗は桃色の付箋、補助が必要だった店舗には黄色の付箋、入店を断られた店舗には青色の付箋を貼りました。
▼付箋には、店舗でのサービスの内容を記載して、詳細な情報も共有できるようにします。
▼最後に、チームの代表者がイベントの感想を発表。
障がいの有無に関係なく人が集まって街歩きをしたことで、車椅子利用者の視点を伝えられたと述べていました。
観光施設や飲食店によってバリアフリーの定義は異なり、実は足を運んでみると利用できないこともあるそうです。
「バリアフリー環境が整っている」という言葉よりも、段差の高さや、通路の幅など具体的な情報も車椅子利用者は必要としています。
また、困っている車椅子利用者がいたら、声をかけてほしいと話していました。一方で、車椅子利用者も期待しすぎず、自助の努力も必要だと話します。
車椅子利用者からしか聞けない率直な意見を聞け、貴重な機会になりました。
ちなみに、ミッション達成によるポイントは、筆者たちのチームが最も多く獲得。取材活動により美観地区を歩き回ってきた筆者の経験が役立ちました。
バリアフリーの情報を共有するだけでなく、車椅子利用者の意見も聞ける街歩きイベントを主催する森上さん。
どのような経緯で、街歩きイベントを開催するようになったのかを聞いてきました。