2026年2月12日(木)に、備中倉敷学20周年記念シンポジウム「大原家の社会貢献」が開催されました。
20周年・200回となったシンポジウムには、会場の倉敷公民館大ホールは約240名の来場者でほぼ満席となり、大きな熱気に包まれました。
シンポジウムのようすを紹介します。
記載されている内容は、2026年2月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
備中倉敷学とは

備中倉敷学は、備中・倉敷地方の歴史と文化を学び、文化的向上に資する会です。
毎月開催の講演会は広く市民に開放され、誰でも無料で参加できます。
2005年10月20日の第1回「現場研修会 観龍寺の歴史(講師:観龍寺住職・村田隆禅〈むらた りゅうぜん〉さん)」から数え、2026年2月12日は「20周年・200回」の節目となる回でした。
そのためか、当日は約240名が来場しました。この来場人数は過去最高だったそうです。
20周年記念シンポジウム「大原家の社会貢献」

当日は備中倉敷学会長の村田隆禅(むらた りゅうぜん)さん(観龍寺住職)からあいさつがあり、講演・シンポジウムに入りました。
当日の進行は以下のとおりです。
- 「大原孫三郎の葬儀」動画(公益財団法人有隣会提供)
村田隆禅(備中倉敷学会長・観龍寺住職) - 歴代大原家の当主
山本太郎(倉敷市総務課歴史資料整備室) - パトロンとしての渋沢栄一、敬三と大原孫三郎、總一郎の比較
木村昌人(芳井町まちづくり協議会「風を編む会」顧問) - 語らい座 大原本邸(国指定重要文化財 旧大原家住宅)について
水島博(公益財団法人有隣会) - シンポジウムと質疑応答
「大原孫三郎の葬儀」動画(公益財団法人有隣会提供)

「大原孫三郎の葬儀」動画(時代背景から「8ミリフィルムの映像」ではないかとのこと)を上映しながら、村田隆禅さんが当時の葬儀について解説しました。
大原家は江戸中期から観龍寺の檀家であり、明治期に荒廃した寺を再建するために6代・孝四郎や7代・孫三郎が多大な寄付をおこない、山門や位牌堂を建立したそうです。

位牌堂には大原家の位牌を含む多くの位牌が祀られていますが、孫三郎の位牌は自宅(現・語らい座 大原本邸の仏間)、観龍寺、そして京都の仁和寺の3か所に安置されているという逸話を紹介しました。
歴代大原家の当主

続いて、備中倉敷学 顧問であり、倉敷市総務課歴史資料整備室の山本太郎(やまもと たろう)さんが「歴代大原家の当主」をテーマに講演しました。
大原家の歴代当主の功績を振り返り、もっとも有名な7代・孫三郎以前から、社会貢献の精神が脈々と受け継がれてきたことを解説しました。
とくに詳しく解説していたのは、5代・清久と6代・孝四郎です。
5代・清久は米の値段が高騰(こうとう)したとき、困窮者(こんきゅうしゃ)の願いにより私財を投じて助成しました。6代・孝四郎は倉敷紡績を設立して経済的基盤を築き、今でいう奨学金制度を始めるなど、教育支援に尽力した点を強調しました。
その土台の上に、7代・孫三郎が労働科学や農業などの研究所、病院、美術館を設立。単なる慈善ではなく社会構造の変革を目指したと、山本さんは解説しました。
さらに8代・總一郎がその意志を継ぎ、民藝運動や環境保全(高梁川流域連盟)へと活動を広げていきました。
パトロンとしての渋沢栄一、敬三と大原孫三郎、總一郎の比較

続いて、芳井町まちづくり協議会「風を編む会」顧問の木村昌人(きむら まさと)さんの講演です。
「東の渋沢」「西の大原」と呼ばれた渋沢栄一と大原孫三郎、その継承者である敬三と總一郎の共通点と相違点をもとに私たちが学ぶことを紹介しました。
まず、日本資本主義の父・渋沢栄一と大原家を比較し、両者が「富は社会に還元すべき」という共通の信念を持っていたと紹介しました。

渋沢が備中地域と縁が深かったことを紹介しつつ、両者ともに「民間が主導して社会を良くする」という気概を持ち、利益追求だけでなく労働者の福祉や学問研究に惜しみなく投資したと話します。
一方で、渋沢が東京を拠点に全国・世界を俯瞰(ふかん)していたのに対し、大原家は「倉敷」という地域に根ざし、そこから世界へ発信するスタイルであったと分析していました。
語らい座 大原本邸(国指定重要文化財 旧大原家住宅)について

最後の講演は、公益財団法人有隣会の水島博(みずしま ひろし)さんです。
2018年に一般公開された「語らい座 大原本邸」の見どころを案内しました。
単なる古民家保存ではなく、大原家の精神を伝えるための工夫が凝らされている点を強調し、歴代当主の言葉を展示した「ふりそそぐ言葉」や、複雑な人間関係や支援関係を立体的に示した「キューブツリー」、孫三郎と総一郎の書簡を音声で聞ける展示などを紹介しました。
シンポジウムと質疑応答

シンポジウムでは、登壇者が再集結し大原家の歴史と精神性が深く議論されました。
質疑応答で気になったテーマは「大原孫三郎とキリスト教」の関係性です。
大原孫三郎はキリスト教徒の石井十次(いしい じゅうじ)と知り合って、その影響でキリスト教に傾倒したといわれていますが、時間が経ち、晩年になるとキリスト教とは距離を置いていたのではないかと話していたことが印象的でした。
また、倉敷特有の「お上(おかみ)」に頼らない自治の精神が、美術館などの文化遺産を現在まで発展させてきた要因であると再確認され、この歴史を次世代へ継承する重要性が語られました。
おわりに

自分のなかではわりと詳しくなっていたつもりの「大原家」について、新たな学びが得られた2時間半の講演会でした。
とくに、「大原孫三郎はキリスト教に傾倒していた」と思っていたので、それはある時期(おそらく若い頃)の一面に過ぎないという話には驚きました。確かに、観龍寺の位牌堂建立に資金援助していること、何より葬儀が仏教式であることから、「キリスト教だけ」でないと考えるほうが自然でしょう。
そして、20年の活動・200回の講演会を続けた運営者のかたには頭が下がります。
備中倉敷学は「お上(補助金)」に頼らず、会費と運営者の努力で運営されています。
来月からも「毎月第2木曜日 午後2時から誰でも無料で参加できる」備中倉敷学は続くでしょう。運営を支える人が一人でも増えることを願っています。
備中倉敷学20周年記念シンポジウム「大原家の社会貢献」のデータ

| 名前 | 備中倉敷学20周年記念シンポジウム「大原家の社会貢献」 |
|---|---|
| 開催日 | 2026年2月12日(木) 午後2時〜4時30分 |
| 場所 | 倉敷公民館 大ホール |
| 参加費用(税込) | 無料 |
| ホームページ | 備中倉敷学公式ホームページ |
















































