倉敷美観地区にある国指定重要文化財の「語らい座 大原本邸」。
「今とこれからを語りあう場」として、教育プログラムにも力を入れています。
語らい座 大原本邸の主催するプログラムのひとつが、「くらしき未来K塾」です。
第10回目の開催は、「高梁川流域学校」とのコラボレーション企画として開催されました。
テーマは、『「知識を以てまちに仕えよ」 教育機関と地域の互恵関係』。
地域だからこそできる教育、「アメリカで一番住みたい町」から学ぶ先進的な学校教育など、「教育とは何か?」という価値観が一層深まる会でした。
2020年2月22日(土)に開催されたセミナー「第10回 くらしき未来K塾 ~ 「知識を以てまちに仕えよ」 教育機関と地域の互恵関係 〜 」のようすをレポートします。
記載されている内容は、2020年2月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
くらしき未来K塾のデータ
名前 | くらしき未来K塾 |
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期日 | 2020年2月22日(土) |
場所 | 岡山県倉敷市中央1丁目2-1 |
参加費用(税込) | 一般:3,000円(税込) KATALYZER会員:2,000円(税込) |
ホームページ | 語らい座 大原本邸|OHARA HOUSE KATALYZER |
くらしき未来K塾とは
「くらしき未来K塾」とは、学校と社会の包括的教育改革と志ある教師の応援を目標に、語らい座 大原本邸で開催している、月1回のセミナーです。
2018年12月に「くらしき未来教師塾」として始まり、2019年12月より「くらしき未来K塾」と名前を改めました。
2019年12月以降は、以下のようなテーマが設けられています。
- 地域 ✕ 教育 ✕ 働き方
- 文化 ✕ ものづくり
- 地域 ✕ SDGs ✕ 教育改革
- 変わる働き方 ✕ 地域
▼2020年1月のレポートはこちら。
第10回くらしき未来K塾 ~ 「知識を以てまちに仕えよ」 教育機関と地域の互恵関係 〜 の概要
10回目となる、くらしき未来K塾のテーマは、『「知識を以てまちに仕えよ」 教育機関と地域の互恵関係』です。
開催日時 | 2020年2月22日(土) 午後1時~午後4時 |
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会場 | 語らい座 大原本邸 |
セミナーの流れは、以下のとおりでした。
登壇形式 | 題目 | 登壇者 |
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講話 | 2030年の地域の暮らしとは? 〜学びとなりわい〜 | 渋澤寿一氏 |
講演 | 「アメリカで一番住みたい町」の社会参画型教育 | 吉川幸氏 |
まとめ | 総括 | 大久保憲作氏・山下陽子氏・坂ノ上博史氏 |
2030年の地域の暮らしとは? 〜学びとなりわい〜 渋澤寿一氏
渋澤寿一(しぶさわ じゅいち)さんは、東京農業大学大学院博士課程を修了し、農学博士として活動されているかたです。
これまでに、テーマパーク「長崎オランダ村」、循環型都市「ハウステンボス」取締役としての活動や、NPO法人共存の森ネットワーク理事長として、日本や各国の地域づくり、人づくりをされています。
また、2024年度上期からの1万円札の顔である、渋沢栄一氏の曾孫でもあります。
講話では、「地域で学ぶとは、どういうことなのか?」を、渋澤さんが現在の活動をするキッカケとなった秋田県の小さな村を例に、「社会教育」についてお話ししてくださいました。
ぜひ、物語を読むような感覚で読み進めて頂けたらと思います。
秋田県のとある小さな村から学んだ「社会教育」
村の奥の氏神様が祀(まつ)られている社(やしろ)の近くに、大きな切り株が3つあったそうです。
木の年輪を見てみると、280年以上は育っている大木。
村人に「いつ切られたのか」と聞いてみると、昭和21年の4月に切られたとのことでした。
昭和21年は戦争が終わった年、終戦の翌年に切られた大木です。
当時は、戦争で焼け野原となり、日本が混沌とした時代でした。
日本全体が生きる希望を見失っていた時代だったそうです。
秋田県の小さな村でも、どうにか明るさを取り戻すために、村の一番奥にある3本の天然杉を売って、「水力発電で電気を灯そう」という話になりました。
しかし、大木は先祖代々8世代以上で守り続けてきた天然の秋田杉です。
「自分たちの代で切っていいのか?」
「子供たちがご飯を食べるために残したほうがいいのでは?」
さまざまな議論が村人のなかで行われました。
村人のなかで決心がなかなかつかない時、村長が「どうせなら、切って後悔しよう」と言って先祖代々大切に育ててきた秋田杉を、ついに切ったそうです。
そして、秋田杉を町で売り、そのお金で水力発電を村に導入して、村人の家に明かりが灯るようになりました。
一家に一つずつ白熱灯が灯ったとき、「明るい」という気持ちよりも先に「あったかい」と感じ、村人全員に生きる希望が湧いたそうです。
それから、「これからも生きていこう」という覚悟が決まり、杉の木は「宝」と呼ばれるようになりました。
そんな話を村人がしてくれて、「山の中で生きるなら、仕事と稼ぎができないとな」と言ったそうです。
「地域の仕事」を通じて、生き方を伝える
村人に聞くと、「あんたらは仕事と稼ぐことが一緒だもんな」と言いながら、こう話してくれたそうです。
- 稼ぎは、家族のため
- 仕事は、将来のため
自分たちの子供の世代、先の世代のために、草刈りや木の移植をしなくてはいけない。
仕事は一切お金にならないけれど、それをしなければ村は継続していかないのです。
お金にならないこともしなければ、村は無くなってしまう。
だから、「稼ぎしかできない人は半人前だ」と、村人は言います。
村人は「祭りだ」と答えました。
祭りというと、「遊び」のように思えますが、祭りは「仕事」、寄り合いも「仕事」と村人は話すのです。
祭りの終わった翌日から来年の祭りの準備が始まります。
祭りは、年寄りから若い者へ知恵を受け継ぎ、祭りの準備を通じて「どうしたら生きれるか」を世代間を跨(また)いで伝えているのです。
社会教育とは、「生きていくための教育」
社会教育とは、「祭り」を通じて手を動かしながら学ぶ「生きていくための教育」です。
学校教育は、勉強を通じて頭を動かして学ぶ「知識をつけるための教育」であって、それだけでは生きていけません。
だから、地域で生きることを伝えるための「社会教育」をしていく必要があります。
昨今では、学校ですべてを学ばせようとしますが、学校教育と社会教育は別物。
地域で教えることをしなければ、子供たちは知識が付いても、生きていくとはどういうことかがわからない状況になってしまいます。
そして、受験勉強を子供たちはしていき、勉強ができなければ後がないように感じてしまって、切羽詰まって生きていく。
「そんな状況で、社会が続いていくわけがないだろう」と、村人から渋澤さんは教わったそうです。
また、社会教育のために大切なのが、祭りの「寄り合い」です。
非効率に見える「寄り合い」こそが、社会教育である
渋澤さんは、学生の頃に名古屋の村の寄り合いに参加したときの話を続けます。
「寄り合い」では、連日連夜祭りの打ち合わせをしていきますが、「会議」のようにかしこまった場ではありません。
「そういえば、おまえんとこの稲はどうなんだ?」
「最近、うちの婆さんの腰が悪くてなぁ」
「おまえんとこの娘は、そろそろ年頃じゃないのか?」
まさに、井戸端会議といった感じで、一見すると、祭りの話は一向に進みません。
司会者もいない、誰もまとめようとしない、黒板もない、全然違う話をし続けているのです。
「こんなことをしているから、日本の農村は遅れているんだ!」と、学生の頃に寄り合いに参加した渋澤さんは思ったそう。
なんと、非合理的、非科学的、非効率的なのかと、怒り心頭でした。
当時は高度経済成長期で、合理性、経済性、合一性が大切にされていたので、「寄り合い」の効率の悪さに驚いたそうです。
しかし渋澤さんによると、この無駄に見える駄弁が必要とのこと。
寄り合いによって、以下のことがわかります。
- お互いの家がどういう事情なのか
- 農地はどうか
- 経済的に余裕があるか厳しいのか
- お互いがどう思っているか
それぞれの家の事情が、なんとなくみんなで共有できるのです。
これは、会議では話し合いできない部分であり、「言葉になる以前の感覚」だと、渋澤さんは話します。
皆がコミュニティの仲間の状況を共有しながら、違いを読み取る、「寄り合い」の時間がどうしても必要だということ。
結論に向かって一番効率的に行くことがベストとされる今の教育でいうと、「最悪な教育」です。
しかし、自然の季節変動に大きく影響されていた不確実性の高い時代では、皆で一つのことに向かって力を合わせていけなかったので、それぞれの状況を皆で共有する必要がありました。
「知識」ではなく、「感覚」を共有するために祭りを開催し、学校教育の知識を身につけながら、社会教育で感覚を学んでいくことを昔の日本ではしていたそうです。
地域の社会教育が失われた理由
地域の社会教育は、なぜ失われてしまったのでしょうか。
渋澤さんは、「戦争によって日本は変わった」と話します。
日本は戦争によって焼け野原となり、経済的に立ち直らなければならない状況です。
そのため、日本はどうやってGDP(国内総生産)を上げるかを常に考えてきました。
高度経済成長で、合理性、経済性、合一性が重視されてきたのもGDPを上げるためです。
つまり、戦後の日本は「お金になること」が、価値のあるものとして考えられてきました。
専業主婦や育児、家事は労働ではないと見なされてきたのです。
これからは、「do」よりも「be」の時代へ
高度経済成長期では、何をやってきたのかが重視されてきました。
英語でいうと、「do(何をしたか)」がどうなのかで評価されてきたのです。
- どの会社の社長なのか
- どういう仕事を成し遂げたのか
これまでは「do(何をしたか)」を重視されてきましたが、これからは「be(どうありたいか)」が大切だと渋澤さんは話します。
高度経済成長期以降に生まれた人たちは、お金になること、豊かになることを価値だとは考えていません。
たとえば、岡山県の真庭市の若い人に将来どうなりたいかを聞いたところ、以下のように答えたそうです。
- 前向きに生きたい
- 自然の中で過ごしたい
- おじいちゃん、おばあちゃんと暮らしたい
高度経済成長期が終わった今、日本は豊かになり、経済的豊かさを求める「do(何をしたか)」よりも「be(どうありたいか)」を求められるようになりました。
「寄り合い」のように、会議をするのではなく、言葉になる以前の情報を共有し、共感することが、「be(どうありたいか)」の教育であり、地域がしていく必要があることだと、渋澤さんは話します。
学校教育だけでなく、地域との関わりの中で学ぶことが、これからの時代に大切なことなのだと、渋澤さんの体験談から学びました。
続いて、学校教育の観点から岡山大学実践型教育プランナーの吉川 幸(よしかわ ゆき)さんが「アメリカで一番住みたい町」の社会参画型教育についての講演です。
「アメリカで一番住みたい町」の社会参画型教育〜 吉川 幸氏
吉川 幸(よしかわ ゆき)さんは、岡山大学実践型教育プランナーとして、「地域ぐるみのひとづくり」と題した地域の教育魅力化に取り組んでいます。
アメリカで一番住みたい町と呼ばれる「ポートランド」の教育事例と、岡山大学での実践について、レクチャーとミニワークショップを通じてお話ししてくださいました。
ポートランドが「アメリカで一番住みたい町」になるまで
アメリカのオレゴン州にあるポートランド市は、今では「アメリカで一番住みたい町」と呼ばれていますが、元々は環境汚染が進行していた町でした。
工業が栄え、工業油が川を流れて魚は住めなくなり、荒野を開拓して、切り株も放置されたまま、切り株の町「スタンプタウン」と呼ばれていたそう。
しかし、若者を中心に「町づくりをしよう!」という人が集まり、市民が一体となって町づくりに取り組み、住みたくなる町を自分たちの手で作りあげたのです。
もともと、切り株の町「スタンプタウン」と呼ばれたポートランドは、リブランディング(イメージ変革)を行いました。
「Let Knowledge Serve the City(知識を持ってまちに仕えよ)」というモットーを掲げたポートランド州立大学を中心に、地域に根ざした学びをする町になっていったのです。
地域に根ざした学び「CBL」
地域に根ざした学びをCBL(コミュニティ ベースド ラーニング)と呼びます。
CBLとは、教員・学生・地域のコミュニティパートナーが三者一体となり、互いに支え合う教育のことです。
互いに支え合うためには、パートナーシップが欠かせません。
吉川さんは毛糸を取り出し、パートナーシップを学ぶために「毛糸を「手」を使って編んでください」とワークショップが始まりました。
参加者は、突然の毛糸編みにビックリ!
編み物に慣れている人はスムーズに編み始めましたが、慣れない人は戸惑っていました。
筆者も、小学生ぶりの編み物に苦戦…。
苦戦している人を見て、吉川さんは「手を使って、パートナーシップを意識してくださいね」と言います。
すると、編み物が得意な人が、苦手な人のサポートをし始めたのです。
編み物が得意な人のサポートによって、苦手だった人も次々とできるようになりました。
パートナーシップとは、得意分野で周りの人を支えることだと、吉川さんは話します。
CBLでも、学校と学生だけでは解決できないことがあるのです。
地域のコミュニティパートナーがサポートをすることによって、これまでの学校教育の苦手分野を克服し、地域に根ざした学びを実現していけます。
そのために、AP(地域コーディネーター)と呼ばれる専門職が三者の繋ぎ役として機能していく必要があるのです。
AP(地域コーディネーター)とは、CBLのまとめ役となり、大学、パートナーそれぞれの状況に応じたサポートをおこなう存在。
日本ではまだまだ導入されている学校は少ないですが、岡山県でも少しずつ高校を中心にAPを導入する学校が増えてきています。
ポートランド州立大学では、大学、地域のパートナー、まとめ役のAPの組織体制で、CBLを実現されているそうです。
ポートランドでの学びを岡山大学でどう活かしているか
岡山大学では、「実践型社会連携教育」に取り組んでおり、地域社会が感じている課題を取り上げ、その解決のために必要な実践知(判断力、リーダーシップ、チーム力、責任、気概)を備えた実践人を育成しています。
たとえば、林業の実習を通じて実際にチェーンソーを使って木を切るなどの作業を地元企業と協力して取り組みました。
林業実習は、国際インターンシップとして海外からの留学生も参加しており、地域のかたから学んだことを、留学生に翻訳して教えるなどの作業以外のコミュニケーション能力も同時に養われます。
また、「ジョブシャドウイング」という見学実習では、実際に働かれている人の後ろについて、仕事風景を見学する学び方。
工場見学のような形式ではなく、いつも通りの仕事の流れを体感できます。
「ジョブシャドウイング」をする前後で、「働く」から連想する語句が大きく変変わるとのこと。
実践前では、「働く」から連想する語句は「つらい、多忙、残業、ノルマ」など、マイナスなイメージが多いそうです。
しかし、「ジョブシャドウイング」後は、「誇り、学び、やりがい、成長、行動力、連携」などのポジティブな語句に変わっていきます。
学校教育だけでは、実際の仕事のイメージをすることが難しく、ドラマや映画のイメージだけで学生は判断してしまっていたようです。
岡山大学のように、地域社会と協力して学ぶことによって、社会に出ても役に立つ学びができるようになるのだと、教育機関視点の吉川さんの講義から学びました。
おわりに
第10回目のくらしき未来K塾では、教育機関と地域連携の大切さについて学びました。
「知識」だけではなく、「感覚」を学ぶことが非常に大切なのだと、二人のお話から気づかされ、学校と地域が密接に関わっていくことの重要性を感じたのです。
筆者も高校の地域コーディネーターをしているのですが、学生が地域の大人と話す時に目がキラキラする瞬間を見たことがあります。
新しい「感覚」を知ったときの喜びは、学校のなかだけでは学べません。
しかし、それは学校教育の「知識」があるから感じられるのだとも思います。
地域と教育機関が、それぞれの教育の在り方を尊重し、互いを理解し、協力しあっていけることが、子供たちの未来にとって何よりも大切なことだと感じました。
「くらしき未来K塾」では、今後も教育にまつわるセミナーが開催されます。
ぜひ、語らい座 大原本邸のWebサイトで内容をチェックしてください。
くらしき未来K塾のデータ
名前 | くらしき未来K塾 |
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期日 | 2020年2月22日(土) |
場所 | 岡山県倉敷市中央1丁目2-1 |
参加費用(税込) | 一般:3,000円(税込) KATALYZER会員:2,000円(税込) |
ホームページ | 語らい座 大原本邸|OHARA HOUSE KATALYZER |