倉敷にある古い建物や文化財といえば、倉敷中心部の美観地区をイメージしませんか?
でも倉敷市内には、美観地区以外にもたくさんの古い建物が残っているのです。
そのひとつが、市内西部・玉島地区中心部にある「旧柚木家住宅(きゅう ゆのきけ じゅうたく)」。
江戸時代中期に建築された建物で、登録有形文化財です。
江戸時代前期から、港町で商都だった玉島の地で商家として繁栄し、庄屋でもあった柚木家。
その住宅です。
旧柚木家住宅は一般的に、よく「西爽亭(さいそうてい)」と呼ばれています。
実は西爽亭は、柚木家住宅の中にある建物のひとつ。
港町にありながら、武家屋敷のような造りをしているのが特徴です。
また旧柚木家住宅は、母屋を改装した生涯学習施設も併設されていて、さまざまなことに利用されています。
生涯学習施設として活用されながら、昔の風格が残る旧柚木家住宅の歴史や見どころを紐解きましょう。
記載されている内容は、2021年4月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
旧柚木家住宅(西爽亭)のデータ
名前 | 旧柚木家住宅(西爽亭) |
---|---|
所在地 | 倉敷市玉島3丁目8-25 |
電話番号 | 086-522-0151 |
駐車場 | あり 約7台 |
開館時間 | 午前9時〜午後5時 |
休館日 | 月 年末年始 ほか ※月曜が祝日の場合は開館し、直後の非祝日に休館 |
入館料(税込) | 【西爽亭】 見学無料 【生涯学習施設】 第1会議室:1時間あたり 220円 第1和室:1時間あたり 220円 第2和室:1時間あたり 220円 第3和室:1時間あたり 110円 ※いずれも1時間未満の利用は1時間とする |
支払い方法 |
|
予約について | 可 生涯学習施設は現地にて利用予約可能(予約と同時に支払) ※電話では状況確認のみで予約不可 ※予約は利用予定日の6か月前より可能 ※西爽亭は予約不可 |
タバコ | 完全禁煙 |
トイレ | 洋式トイレ 和式トイレ |
子育て | ベビーカーの入館可能(西爽亭はベビーカーの乗り入れ不可) |
バリアフリー | 車椅子での入館可能(西爽亭は車椅子での見学不可) 車椅子対応トイレあり |
ホームページ | 旧柚木家住宅(西爽亭) | 倉敷観光WEB |
自動車での行き方
旧柚木家住宅があるのは、玉島三丁目です。
県道191号線のひとつ南側の筋で、道の南側に面しています。
まずは「新港橋南」三叉路を目指しましょう。
新港橋南三叉路から西へ約25メートルのところに、南に入る路地があります。
この路地を入ってください。
路地の入口に「西爽亭」と書かれた標識があります。
路地に入ったら、約15メートルのところに東(進行方向左)に入る路地があります。
ここを曲がってください。
「西爽亭」と書かれた案内板があります。
曲がったら、約60メートル直進してください。
すると、道の南側(進行方向右)に旧柚木家住宅(西爽亭)の駐車場があります。
旧柚木家住宅は、駐車場から路地を東へ約20メートル進んだところです。
なお、191号線から旧柚木家住宅までの路地は、道幅が狭いです。
運転に自信がないときや、駐車場が満車のときは、近くにあるコインパーキング等を利用しましょう。
交通機関での行き方
公共交通機関で行く場合、JR新倉敷駅からバスで向かいます。
新倉敷駅南口から両備バス「玉島中央町線」へ乗車してください。
その後「玉島中央町」バス停で下車しましょう。
玉島中央町バス停は、良寛通り沿いにあります。
バスを降りたあと、そのまま良寛通りを南西方面(新倉敷駅の反対方面、バスが来た側と反対の方面)へ進んでください。
約300メートル直進すると「清心町南」交差点に出ます。
清心町南交差点を南(左折)し、約200メートル直進すると新港橋南三叉路に到着。
以降は、自動車と行き方は同じです。
旧柚木家住宅は江戸時代中期に建築された登録有形文化財
旧柚木家住宅は、倉敷市西部・玉島地区の中心部にあります。
玉島三丁目の県道191号線のひとつ南側の通りで、道の南側に面しているのです。
ちょうど「ジェラート・オブラーテ」の南東にあります。
旧柚木家住宅は江戸時代中期の建築です。
柚木家は、江戸時代に備中国浅口郡玉島(現在の玉島中心部)で商家・庄屋をしていました。
また備中松山藩(現在の高梁市中心部・松山城に拠点を置いた藩)の藩主が玉島に来たとき、御座所(ござしょ=滞在する場所)だったのです。
江戸時代中期から残り、地域の歴史で重要な場所でもあった旧柚木家住宅は登録有形文化財になっています。
登録有形文化財となっているのは、西爽亭の建物のほか、庭園にある茶室、御成門の3点です。
旧柚木家住宅は「西爽亭」と生涯学習施設からなる
旧柚木家住宅は2つの建物からなっています。
正面に向かって左側(西側)は「西爽亭(さいそうてい)」という建物。
右側(東側)は、かつての母屋(おもや)です。
西爽亭は江戸中期の建築のようすを色濃く残し、庭園もあります。
母屋は江戸期の町家の特徴を残しながら、改修がおこなわれました。
現在の母屋は、生涯学習施設として利用されています。
柚木爽一郎さんが語る旧柚木家住宅の歴史
旧柚木家住宅を管理する「倉敷市旧柚木家住宅管理会」の会長・柚木爽一郎(ゆのき そういちろう)さんに、旧柚木家住宅の歴史についての話を聞きました。
柚木爽一郎さんは、旧柚木家住宅を所有していた柚木家のかたです。
柚木家は江戸時代前期より商家・庄屋だった
柚木家はいつごろからあるのか?
柚木(敬称略)
柚木家は玉島の港が干拓によって生まれた、江戸時代前期ごろより商家・庄屋をつとめていた家です。
その前に柚木家は「亀山」という地域にいたという記録が残っています。
ただし亀山は、現在の玉島地区にある亀山なのか、江戸時代に玉島に領地があった丹波国亀山藩(現在の京都府亀岡市に拠点があった藩)の亀山なのか、ハッキリとはわかりません。
亀山という地名は多いので、ほかの亀山の可能性もあります。
商家だったということだが、どんな商売をしていた?
柚木
資料が残っていないので詳細は不明ですが、柚木家は船を保有しており、船を使った商売をして財をなしていました。
現在、旧柚木家住宅では一部の資料が展示されていて、柚木家の商売に関する資料もあります。
玉島は北前船が停泊する商港で、瀬戸内でも有数の規模の商都として繁栄していました。
「西の浪速(なにわ)」と呼ばれたほどです。
そんな玉島でも有数の商家で庄屋でもあったのが、柚木家なんです。
西爽亭は、どんな建物?
柚木
玉島の港町には、備中松山藩の領地もありました。
そのため、柚木家は代々松山藩にも仕えたのです。
西爽亭は、松山藩主のために建てられました。
藩主が玉島を訪れた際には柚木家を訪れ、西爽亭に滞在したのです。
柚木家は、町民でした。
普通なら町民では建てられない建物を、藩主が特別に許可したことが柚木家の財力のすごさと藩主からの信頼の証ですね。
ほかにも、西爽亭は歴史の舞台にもなりました。
幕末に同志社大学の創設者・新島襄(にいじま じょう)は、19歳のときに玉島を訪れ、柚木家で入浴をしたと自叙伝に記しています。
さらに幕末から明治維新の動乱期には、玉島で「玉島事変」という出来事が発生。
松山藩士・熊田恰(くまた あたか、本名:矩芳(のりよし))が、柚木家の西爽亭で自らの命と引き換えに仲間の命を救いました。
玉島事変・熊田 恰の自刃は玉島の町を救った出来事
玉島事変や熊田恰について詳しく知りたい。
柚木
玉島事変は、慶応4年1月中〜下旬(1868年2月上〜中旬)に玉島でおこった出来事です。
玉島事変で命を絶った熊田恰は、備中松山城下(現在の高梁市中心部)出身の松山藩士でした。
慶応4年1月上旬(1868年1月下旬)に戊辰戦争のはじまりである「鳥羽・伏見の戦い」がおこります。
備中松山藩主・板倉勝静(いたくら かつきよ)は徳川家と親戚関係にあり、老中(ろうじゅう)首座を務めたほどの人物。
そのため板倉氏は、幕府側につきました。
そして熊田恰は、大坂城(現在の大阪市)にいた藩主の護衛隊長を務めていたのです。
その後、藩主から帰郷命令が出たため船で玉島へ戻ってきました。
しかし松山藩は幕府側についたため、新政府側からは朝敵(天皇への敵対勢力)とされたのです。
新政府側だった備前岡山藩は、藩士を派遣して玉島の町を包囲しました。
一触即発の事態のなか、熊田は自分が切腹する代わりに部下150数名の助命と事態の収束を岡山藩側に願い出たのです。
熊田が備中松山藩の全責任を一人で負ったということ?
柚木
そうです。
そして熊田の訴えが岡山藩側に認められ、慶応4年1月22日(1868年2月15日)に熊田は西爽亭で切腹しました。
享年は44歳です。
約束どおり部下は全員無事で松山に帰郷し、のちに岡山藩が占領していた備中松山城も無血開城され、板倉家も存続しています。
もし熊田恰の行動がなければ、部下の松山藩士の命がなかったかもしれない。
そのとおりです。
それだけでなく、もしかしたら玉島の町や松山の城下町が戦火に包まれていたかもしれません。
そのため玉島の住民は熊田を「玉島の恩人」として尊敬し、玉島にある羽黒神社の境内に「熊田神社」を建てて祭りました。
熊田の故郷・高梁市中心部にある八重籬神社(やえがき じんじゃ)の境内にも熊田神社が建てられています。
また高梁市の道源寺(どうげんじ)に、熊田の墓が建てられました。
なお西爽亭には、現在も熊田が切腹したときに飛び散った血液の跡が残っています。
旧柚木家住宅の保存活動の歩み
近現代では、柚木家住宅はどうなった?
柚木
戦後になって、柚木家は住宅のうち母屋部分と蔵を企業に売却し、西爽亭は同じ企業に貸し出しました。
技術の発展が著しい時代でしたので、企業は欧米から技術者などを招いて技術を学んでいたからです。
そして蔵は宿泊所に改装され、母屋は社交場として利用されました。
技術が発達すると、今度はアジアからの研修生の宿舎になります。
やがて海外から人が来なくなると、利用されなくなりました。
そんなときに、旧柚木家住宅周辺を立ち退きさせて水門とポンプ施設を造成する工事が計画されたのです。
これがキッカケで、地元住民を中心とした工事計画の見直しと旧柚木家住宅の保存を求める運動がおきました。
結果として工事の計画は変更され、旧柚木家住宅は市が保有して保存活用していくことになったのです。
住民の声が企業や行政を動かした。
柚木
はい。
ですが、今後もずっと保存していくには、単にそのままにしておくだけでは難しい。
そこで西爽亭は見学施設として残し、母屋は可能な限り昔の構造を残しながら、多くの人が利用できる生涯学習施設として改修し活用していくことになりました。
昔の建物を生かしながらの改修でしたから、とても時間がかかりましたね。
こうして平成10年(1998年)に、生涯学習施設と西爽亭を併設する文化施設・旧柚木家住宅として開館しました。
次は、旧柚木家住宅の見どころや見学方法・利用方法などを見ていきましょう。
西爽亭は備中松山藩主のために建てられた建物
西爽亭は、江戸時代の趣をよく残した建物です。
現在でも自由に見学できます。
さきほど紹介したように、西爽亭は江戸時代に備中松山藩主が玉島を訪れたときのために建てられました。
建築年代は天明年間(1781〜1789年)とされています。
「西爽亭」という名前は、柚木家を訪れた備後国安那郡神辺(かんなべ=現在の福山市神辺町中心部)の儒学者・菅茶山(かん ちゃざん)が命名しました。
ただし資料が残っていないので「西爽」の由来や出典は定かではありません。
西爽亭は、規模は小さいながらも武家屋敷のような造りです。
一町民である柚木家が武家屋敷のような建物を建てられるということは、柚木家は相当の豪商だったことがわかります。
また藩主が建築を認めているので、柚木家は備中松山藩主からも一目置かれていた存在でした。
西爽亭は港町・玉島にありますが、このように城下町ではない町に武家屋敷のような建物があるのは、全国的にもめずらしいのです。
西爽亭の見学方法
基本的に西爽亭の見学は、開館中なら自由にできます。
また、見学料は無料です。
受付で係員に、西爽亭を見学したいことを告げましょう。
係員の指示に従い、用紙に氏名や住所などの必要事項記入してから、見学を始めてください。
希望すれば、係員による案内も可能です。
ただし人数の関係で、案内できないこともあります。
西爽亭の見どころ
西爽亭の見どころを順に紹介していきましょう。
御成門(薬医門)
入口にある門は「御成門(おなりもん)」です。
御成門も西爽亭の建物とともに、登録有形文化財になっています。
薬医門(やくいもん)と呼ばれる様式で、本来は上級武士などでしか建築できません。
備中松山藩主は、柚木家に薬医門の建築を許可しました。
柚木家のすごさがわかる門です。
奇妙な形の鬼瓦は、波(水)をイメージしたもの。
これは「火伏(ひぶせ)」といって、火災がおきないことを願っています。
不浄門は内側から空かず、悪人のように二度と来てほしくないものだけをそこから出していたそうです。
門の中央は、藩主だけが通りました。
薬医門は「矢喰い門」の当て字ともいわれ、争いごとに巻き込まれないという意味があるという説もあります。
なお現在、門はくぐれません。
外観
西爽亭の屋根は、凸型にゆるやかに湾曲している唐破風(からはふ)の造りです。
巾着(きんちゃく)をイメージしたデザインで、お金が貯まるように願いが込められているそう。
曲線で構成される唐破風に対し、柔らかい布製品を取り入れた懸魚を組み合わせたデザインは、大変めずらしいそうです。
なお、波は火よけの意味があります。
取次の間
玄関から最初にある間が「取次の間(とりつぎのま)」です。
取次の間は、おもに荷物置き場として使われていました。
広さは6畳です。
取次の間には、かつて備中松山藩が所有していた船の模型が展示されています。
同志社大学の創設者・新島襄にゆかりがあることから、同志社玉島新島研究会から寄託されました。
次の間(熊田恰の自刃の部屋)
取次の間の奥にあるのが「次の間(つぎのま)」です。
次の間は広さ10畳。
ウサギは縁起物だったのが理由だそう。
一つひとつ、ウサギの向きがちがっている点に注目してみてください。
つくるのに手間がかかるので、財力のある柚木家だからこそできた芸当です。
なおこの次の間は、玉島事変で松山藩士・熊田恰が切腹した部屋。
天井には、熊田が切腹したときに飛び散った血の跡があります。
切腹後に血は拭き取られたそうですが、血が付いていた部分だけ変色して残りました。
上の間
玄関側から見て次の間の右側にある部屋が「上の間(かみのま)」。
藩主が滞在する部屋です。
数寄屋(すきや)風の書院で、広さは10畳あります。
上の間のウサギは、すべてのウサギが藩主が座る場所の方向(上座、床の間の前)を見ているのがおもしろいです。
欄間はタケとウメがデザインされていました。
湯殿・厠・手水場
上の間からさらに奥に進むと、湯殿(ゆどの)・厠(かわや)・手水場(ちょうずば)がありました。
湯殿は、藩主専用の浴室です。
簡単な行水(ぎょうずい)のみおこなっていたそう。
厠は、トイレのことです。
板敷きで、奥には木製の小便器がありました。
なんと2畳もの広さがあり、畳敷きです。
なお現在は、厠も湯殿も使用できません。
用を足したり、入浴したりしないでください。
庭園
西爽亭には、立派な庭園があります。
庭園にある茶室は、登録有形文化財です。
庭園内にはモミジが植えられており、秋の紅葉シーズンには見事な景観を楽しめます。
生涯学習施設の概要
旧柚木家住宅の母屋部分は、生涯学習施設になっています。
生涯学習施設は、さまざまな用途で利用可能です。
- 習いごと
- 茶会
- 展示会
- 演奏会
- 楽器の練習
- ダンス
- 会議・寄合
- 社員研修
- セミナー・勉強会
- 撮影会
- 結婚前撮り
ほかにもコスプレ撮影会をする人もおり、県内外からコスプレイヤーがやってくることもあるそうです。
また、旧柚木家住宅の主催するイベントがおこなわれます。
- ひな祭りイベント(2月下旬〜3月上旬)
- こどもの日イベント(4月下旬〜5月上旬)
- 七夕イベント(7月)
このほかにも、イベントがおこなわれることがあります。
生涯学習施設の設備
料金は消費税込。令和3年(2021年)3月時点の情報
生涯学習施設には、4つの部屋があります。
部屋 | 1時間あたり利用料金 | 広さ |
---|---|---|
第1和室 | 220円 | 12畳 |
第2和室 | 220円 | 12畳 |
第3和室 | 110円 | 7.5畳 |
第1会議室 | 220円 | 70平方メートル |
熊田恰が切腹したとき、近くに置いてあった嘆願書の下書きに熊田の血が飛び散りました。
血が飛び散った嘆願書の草案のコピーも展示されています。
第1和室は中央に炉(ろ)があり、茶室として利用できます。
第2和室は2階にあり、第1和室の上側にあたります。
第3和室は第1会議室の上側で、かつての屋根裏部屋の一部を利用しています。
ホワイトボードや長机が設置されていて、会議やセミナーにピッタリ。
ホワイトボードや長机は、配置を変更できます。
また、長机などを片付ければ広い空間に。
ここで旧柚木家住宅主催のイベントをおこなうそうです。
利用方法について
生涯学習施設を利用するには、事前の予約が必須です。
予約は電話や電子メールではおこなっていません。
必ず旧柚木家住宅の受付を訪れて予約してください。
予約と同時に、利用料を支払います。
支払方法は、現金のみ。
予約は利用日の6か月前から受けています。
なお、電話での利用状況の確認は可能です。
生涯学習施設は元・柚木家の母屋
かつて柚木家の母屋だった生涯学習施設の建物は、できるだけ主要構造部を残し、再利用するよう心がけて改修されました。
そのため母屋だったころの名残を感じられるところが、たくさんあります。
なかには、使わなくなった船の舵(かじ)を梁として再利用しているものも。
かつて船を使った商売で財をなした、柚木家らしいユニークな梁だと思いました。
庄屋であると同時に商家でもあった柚木家。
母屋は、町家でした。
道路側のスペースは、かつては商いの場。
番頭(ばんとう=現在でいう店長)がいて、お客さんと商談などをしていました。
道側が商いの場ですが、奥側は生活の場です。
現在の第1会議室のあたりが生活の場でした。
第一会議室南側外には、かつて蔵があったそうです。
また屋根裏は、物置や住み込みで働く人の寝泊まり部屋でした。
生涯学習施設になっても、母屋の昔の面影はたくさん残っていました。
「西の浪速」と呼ばれた商都・玉島の息吹を感じてほしい
柚木 爽一郎さんは「旧柚木家住宅へ来て、玉島の歴史を肌で感じ、かつて商都として栄えた玉島の息吹を感じてほしい」と語りました。
同じ倉敷市ですが、美観地区と玉島は生まれてきた背景や文化が異なります。
旧柚木家住宅で、美観地区とは違った商人の町・玉島ならではの趣を感じてみてください。
旧柚木家住宅(西爽亭)のデータ
名前 | 旧柚木家住宅(西爽亭) |
---|---|
所在地 | 倉敷市玉島3丁目8-25 |
電話番号 | 086-522-0151 |
駐車場 | あり 約7台 |
開館時間 | 午前9時〜午後5時 |
休館日 | 月 年末年始 ほか ※月曜が祝日の場合は開館し、直後の非祝日に休館 |
入館料(税込) | 【西爽亭】 見学無料 【生涯学習施設】 第1会議室:1時間あたり 220円 第1和室:1時間あたり 220円 第2和室:1時間あたり 220円 第3和室:1時間あたり 110円 ※いずれも1時間未満の利用は1時間とする |
支払い方法 |
|
予約について | 可 生涯学習施設は現地にて利用予約可能(予約と同時に支払) ※電話では状況確認のみで予約不可 ※予約は利用予定日の6か月前より可能 ※西爽亭は予約不可 |
タバコ | 完全禁煙 |
トイレ | 洋式トイレ 和式トイレ |
子育て | ベビーカーの入館可能(西爽亭はベビーカーの乗り入れ不可) |
バリアフリー | 車椅子での入館可能(西爽亭は車椅子での見学不可) 車椅子対応トイレあり |
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