2025年は昭和100年ということもあり、100年前のカルチャーを特集したイベントなどが各地でおこなわれました。
2025年11月29日、大原美術館 児島虎次郎記念館 レクチャールームにて開催された「1925シンポジウム&建築ツアー」もその一つです。
100年前に興隆(こうりゅう:物事が盛んにおこり、勢いがふるうこと)した装飾様式である「アール・デコ様式」をキーワードに、考古学、民藝、美術とのつながりについて、多面的な切り口で迫ったシンポジウムをレポートします。
記載されている内容は、2026年1月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
「1925シンポジウム&建築ツアー」の概要

「1925シンポジウム&建築ツアー」は、2025年10月2日(木)から12月21日(日)まで大原美術館と倉敷考古館にて開催された企画展「1925」(イチキュウニゴ)関連イベントとして開催されました。
今から約100年前の1925年、フランス・パリにて現代産業装飾芸術国際博覧会(アール・デコ博覧会)が開催され、建築やデザインの分野にて「アール・デコ様式」が流行していきます。
今回は3名の登壇者による1925年の建築を中心とした講演と、考古学、民藝、美術の専門家を交えてのディスカッションをおこないました。
企画展「1925」についての解説
大原美術館館長・大原芸術研究所所長 三浦篤(みうら あつし)氏による開会の挨拶のあと、大原美術館と倉敷考古館にて開催された企画展「1925」の展示内容について、大原美術館と倉敷考古館の担当者から説明がありました。

大原美術館会場では「1925:ピカソ・フジタ・ヤクシジ ― むすび100年前」と題した展示をおこないました。

- 同時代にパリで活躍した藤田嗣治(ふじた つぐはる)
- パブロ・ピカソの作品
- アール・デコ様式を多用し、大原美術館本館の設計者として知られる薬師寺主計(やくしじ かずえ)
上記3名をキーパーソンに、当時の芸術や文化のつながりをたどる内容です。
パリでの藤田とピカソの交流、ピカソらが牽引したキュビズムを起源に持つ「アール・デコ様式」を取り入れた建築を手がけた薬師寺とそれらのつながりについての紹介は、とても新鮮に映りました。
キュビスム(立体派)
20世紀初頭にパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって創始された芸術運動。対象を複数の視点から捉え、それを幾何学的な形(立方体など)に分解・再構成して一枚の画面に表現する革新的な手法です。

また、岡山県内企業の協力により薬師寺がデザインしたまぼろしの大原美術館本館 玄関灯も3Dプリンタで再現・展示されました。
倉敷考古館会場では、「1925:百年前の考古學 ― 好古から考古へ」と題した展示をおこないました。

在野の研究者として、郷土史家とよばれる「古きを好む(好古)」人々が集まり、組織的に研究会を作り始めた1925年前後。
岡山県でも1928年に吉備考古学会が設立され、「古きを考える(考古)」学問としての考古学を探究する基盤ができあがりました。

この時代に、倉敷では高梁川東西用水取配水施設の工事がおこなわれていたこともあり、周辺の遺跡がみつけやすい状態であったと考えられます。

工事現場近くの酒津にアトリエ「無為村荘」を構えた洋画家・児島虎次郎(こじま とらじろう)も、当地で発掘した土器をコレクションしており、日本考古学に関心を寄せていたことが確認されています。
各講演について
本シンポジウムのテーマである「1925を建築から開く」について、以下の3名の教授による講演が催されました。
- 上田恭嗣(うえだ やすつぐ)
ノートルダム清心女子大学名誉教授 - 吉田鋼市(よしだ こういち)
横浜国立大学名誉教授 - 吉田淳一(よしだ じゅんいち)
大阪産業大学教授
講演1「薬師寺主計が表現した1925年様式」
最初に登壇されたのは、ノートルダム清心女子大学名誉教授 上田恭嗣先生です。

上田先生は薬師寺研究の第一人者で、2025年11月に大原美術館にて開催された講演会「銀行建築からみる近代倉敷の姿」でも講師を務めました。

今回は、1925年頃に薬師寺が手がけた1925年様式(アール・デコ様式)の建築とその当時の世界情勢を中心に講演をおこないました。

1925年に着工し、1927年に竣工した「中国銀行旧本店」。薬師寺の代表作のひとつであるこちらの建物は、アール・デコ様式を多用した建築でした。

玄関入口廻りには、曲線による植物(アロエ)をモチーフとした、アール・デコ様式の特徴的なデザインが施されています。こちらは現在、本店入口に移設され、今も多くの来訪者を迎えています。

営業室内の柱・天井のデザインは、フェニックス(ヤシ科)を模したもので、アール・デコ様式の特徴をよく表していると上田先生は語りました。

柱の根元には電球が入っており、竣工当時は間接照明として天井の曲線部に美しい陰影を映し出していたそうです。

のちほど建築ツアーで訪れる有隣荘にも、アール・デコ様式が多用されていることについて言及しました。

建築ツアーでは、それらのディテールを上田先生自ら解説してくれました。
講演2「日本のアール・デコ建築」
次に登壇されたのは、横浜国立大学名誉教授 吉田鋼市先生です。

吉田先生は日本のアール・デコ建築研究の第一人者として、関連著書も多数執筆されています。

第一次世界大戦後の1925年、欧州諸国の凋落(ちょうらく:衰えること)とアメリカの台頭が顕著となるなか、アール・デコ建築が興隆していきます。特徴的な幾何学模様や曲線を多用した装飾は、建物の仕上げをよりよいものにするためのものだったと、吉田先生は語りました。

本講演では、現存する実例として有名無名問わず全国各地にあるアール・デコ建築を多数紹介していただきました。
講演内で吉田先生が紹介したアール・デコ建築のうち、筆者が手持ちの写真で紹介できる建築をピックアップします。




講演3「木内真太郎とアール・デコのステンドグラス」
最後に登壇されたのは、大阪産業大学教授 吉田淳一先生です。

吉田先生は日本の近代建築とステンドグラスの研究をされています。

今回の講演では日本のステンドグラス史に名を残す木内真太郎(きうち しんたろう)と、アール・デコ建築とのつながりについて講演をおこないました。

木内は、日本のステンドグラスのパイオニアとして知られる宇野澤辰雄(うのさわ たつお)の設立した「宇野澤組ステインド硝子製作所」にて、宇野澤の弟子としてその頭角を現していきます。
宇野澤の兄、山本鑑之進(やまもと かんのしん)は現在の藤木工務店の前身となる「山本鑑之進工務店」を設立しています。
宇野澤亡きあと、1916年に木内は「宇野澤組ステインドグラス工場大阪出張所」として独立。のちに「玲光社」と改称し、多くのステンドグラスを残しました。

会場の児島虎次郎記念館に使用されているステンドグラスも、木内が手がけたものです。

また、上田先生の講演で紹介された中国銀行旧本店の風除室に取り付けられていたステンドグラスは、薬師寺がデザインしたものを木内が製作したものでした。
玄関入口廻り同様、アロエをモチーフにしたデザインでアール・デコ様式の特徴が取り入れられています。
そのほかにも講演では、阪神間を中心に多くの建築とステンドグラスの紹介がありました。講演内で吉田先生が紹介したステンドグラスのうち、筆者が手持ちの写真で紹介できる「三井住友銀行 大阪本店」をピックアップします。

三井住友銀行 大阪本店入口にある「ステンドグラス共用応接室」。天井を覆い尽くす見事なステンドグラスは、木内の手により制作されたものです。
1925年は「大大阪時代」とよばれ、大阪がもっとも活気付いていた時代のひとつであり、アール・デコ建築が興隆した時代とも重なっています。
講演を聞き、工業化による大量生産とも親和性があるアール・デコ建築は、合理性を重んじる大阪人の気質にも合致したのかなと筆者は感じました。
ディスカッション

講演のあと、登壇された3名の先生に加え、考古学、民藝、美術を専門とする以下のかたがたを交えてのディスカッションがおこなわれました。
- 岩崎志保(いわさき しほ)
岡山大学 文明動態学研究所 准教授 - 軸原ヨウスケ(じくはら ようすけ)
1925展の企画展広報物を手がけたデザイナー、デザインユニット「COCHAE」のメンバー - 孝岡睦子(たかおか ちかこ)
1925展大原美術館会場担当者、大原芸術財団研究部部長 - 伴祐子(ばん ゆうこ)
1925展倉敷考古館会場担当者、大原芸術財団研究部研究員・学芸員
ディスカッションでは、シンポジウムの副題「さらに開いて考古、民藝、美術」のとおり、アール・デコ様式と考古学、民藝、美術の関係性について活発な議論が交わされました。
そのなかで、考古学とアール・デコ様式との関連性について、岩崎先生から興味深い話題が出されます。

アール・デコ様式で多用されている曲線および稲妻の線などの文様や、丸形、三角形、四角形の連続する文様は、弥生時代や古墳時代の祭祀(さいし)に使われる土器などに同様のものがみられると、岩崎先生は語りました。
それを受けてアール・デコ建築の専門家である吉田鋼市先生は、以下のように語ります。
「唐草模様もアール・デコ建築に使われているし、人類の考えるデザインの根本は古くから変化していないように思われます」
アール・デコ様式の模様について、上田先生も以下のように語ります。
「市松模様や青海波模様(せいがいはもよう)といった日本の伝統的な模様も、ヨーロッパに伝わっていました」
古くから日本に伝わる模様も、アール・デコ様式に用いられていた実例があるそうです。

多面的な切り口で近代建築と考古学、民藝、美術のつながりについて、知的好奇心をくすぐられるディスカッションでした。

最後に、大原芸術財団代表理事 大原あかね氏による閉会の挨拶があり、シンポジウムは終了しました。
建築ツアー
シンポジウム終了後、建築ツアーとして有隣荘の見学がおこなわれました。筆者は特別公開にて何度か有隣荘に入ったことがあるものの、夜間の見学は初めてです。

有隣荘の設計者、薬師寺主計の表現した1925様式(アール・デコ様式)に注目しつつ、上田先生の説明を聞きながら館内を回りました。




おわりに
建築のみならず、多方面の専門家が集まって開催された今回のシンポジウム。
1925年と当時の建築様式(アール・デコ様式)、それらと考古学、民藝、美術とのつながりについて多面的な視点からの解釈は、一見無関係にみえるものが歴史の糸でつながっていることを確認させてくれました。
また、吉田淳一先生によるアール・デコ建築を彩るステンドグラスについてのお話は、ステンドグラスの作者のことまで知ることがなかったので、非常に興味深い内容でした。
大原美術館に関する記事
1925シンポジウム&建築ツアー「1925を建築から開く―さらに開いて考古、民藝、美術」のデータ

| 名前 | 1925シンポジウム&建築ツアー「1925を建築から開く―さらに開いて考古、民藝、美術」 |
|---|---|
| 開催日 | 2025年11月29日(土)午前10時~午後6時 |
| 場所 | 大原美術館 児島虎次郎記念館 レクチャールーム、有隣荘 |
| 参加費用(税込) | 無料(ただし、大原美術館ないしは倉敷考古館の入館券の提示が必要です) |


















































