日本にキリスト教が伝えられたのは16世紀半ばのことです。
宣教師のフランシスコ・ザビエルの来日をきっかけに、キリスト教の信仰は日本各地へと広がりました。
しかしその後、日本ではキリスト教は禁止されます。
信徒たちは厳しい弾圧を受け、表立って祈ることさえ許されなくなりました。それでも、密かに信仰を守り続けた人々がいます。彼らは「潜伏キリシタン」と呼ばれ、長い年月にわたり祈りの火を絶やしませんでした。
そのような潜伏キリシタンの歴史が、岡山にも残っています。
備前市の日生諸島に浮かぶ小さな島「鶴島」。そこには、命がけで信仰を守り続けた人々の墓が、今も静かに残されています。
現在、倉敷考古館では、こうした“教科書に載らない岡山の物語”についてパネル展「鶴島から探るキリシタン」が開催中です。
本パネル展を担当する大原芸術財団 研究員・学芸員の伴祐子(ばん ゆうこ)さんは「地域の歴史を次世代に伝えていきたい」と話します。
私たちの身近な場所にも、教科書に載らない歴史が眠っていることに気づかせてくれる展示です。
日本では、なぜ神道や仏教、キリスト教など、複数の宗教が自然に共存しているのでしょうか。中国出身の筆者にとって、この「異なる信仰を受け入れる文化」はとても興味深く、そうした背景もあって本パネル展を取材しました。
記載されている内容は、2026年4月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
パネル展「鶴島から探るキリシタン」とは

パネル展「鶴島から探るキリシタン」は、倉敷美観地区近くの倉敷考古館で、2026年2月27日(金)から5月31日(日)まで開催されています。
本展では、次の6つのパネルを通して、歴史が紹介されています。
- 岡山理科大学 鶴島 第1・第2次調査
- エル・グレコ『受胎告知』が描かれた時代の日本
- 岡山とキリシタン
- 倉敷とキリシタン
- 鶴島とキリシタン
- 鶴島に残る潜伏キリシタン墓地
岡山・鶴島の物語

幕末の1867年、長崎で潜伏キリシタンの摘発が相次ぎました。多くの信徒が各地の藩に預けられ、岡山藩に送られてきた人々もいました。
彼らが移されたのが、備前市の日生諸島に浮かぶ小さな島「鶴島」です。
家族や故郷から引き離され、慣れない土地での生活は過酷を極めたとされています。それでも彼らは信仰を捨てることなく、静かに祈り続けました。そして、記念碑には18人の名が刻まれており、そのうち13人が島で命を落としました。
現在も鶴島には彼らの墓が残り、信仰を守るために苦難の時代を生き抜いた人々の足跡を今に伝えています。その事実は、私たちの足元に、教科書には載らない歴史が眠っていることを教えてくれます。
禁教期のキリシタンに関する考古学的な遺物は、全国的にも非常に少ないとされています。
そうしたなか、鶴島に残る墓制は貴重な例として、2024年から2025年にかけて岡山理科大学による測量調査がおこなわれました。
現地調査で見えた鶴島のようす

大原芸術財団の研究員・学芸員の伴祐子さんは、実際に鶴島を訪れ、現地踏査(とうさ)をおこないました。
鶴島には現在人が住んでいません。
島のようすについて伴さんは「手入れがされていても、すぐに草木が生い茂り、ジャングルになってしまう」と語ります。
調査では、墓が崩れないよう周囲の草を刈ったり掃除をしたりする作業もおこなわれました。こうした作業も、墓の状態を守りながら記録を残すための大切な考古学調査の一つだそうです。
鶴島に残るキリシタン墓で発掘調査はおこなわれていませんが、将来墓が壊れ、修復が必要になった場合に備え、位置や形を正確に記録する測量調査が進められています。
墓の目印となる石は現在も残っていますが、長い年月のなかで風化や自然の影響を受けているものもあります。そのため本調査では、将来元の状態を復元できるよう、現在の状態を詳細に記録することも重要な目的の一つだったそうです。
研究員・学芸員に聞くパネル展の見どころ

本展示が企画された背景や見どころについて、パネル展「鶴島から探るキリシタン」の担当である伴祐子さんに話を聞きました。
今回「鶴島のキリシタン」をテーマに展示を企画した経緯について教えてください。
伴(敬称略)
倉敷考古館では、毎年岡山理科大学と共同で展覧会をおこなっています。岡山理科大学が持つ考古学の調査資料と、倉敷考古館が所蔵する考古資料を合わせて紹介してきました。
そうしたなかで、日生諸島の遺跡調査の一環として鶴島のキリシタン墓の測量調査がおこなわれました。発掘調査はできませんが、墓の位置や形を記録するための調査です。
この調査をきっかけに、岡山とキリスト教の関わりを紹介し、歴史背景を加味しながら、作品鑑賞を楽しんでほしいという思いから、今回の展示が企画されました。
館内で「ここはぜひ見てほしい」というパネルや資料はどれですか。
伴
特に見てほしいのは、キリシタンが弾圧を受けた歴史を伝える「鶴島とキリシタン」の写真や測量図のパネルです。
キリスト教が禁止されていた時代、信徒たちは改宗を迫られ、厳しい取り締まりを受けながらも信仰を守り続けました。そうした苦しい状況のなかで信仰を守った人々の歴史を伝える資料を、ぜひ見ていただきたいのです。
初めてのかたでも楽しめるポイントはありますか。
伴
岡山や倉敷に住んでいても、この地域とキリスト教の関わりを意識する人はあまり多くないと思います。
たとえば、キリスト教徒が収容されていた牢屋の場所・岡山出身の殉教者・倉敷とキリスト教文化のつながりなど、身近な地域にある歴史を知ることができます。
また、キリスト教が禁止された時代でも信仰が守られ、厳しい取り締られていたからこそ、キリシタン以外の人々もキリスト教を知っていたという歴史の背景を知られる点も見どころです。

倉敷・岡山の人にとって、この歴史はどのような意味があると思いますか。
伴
岡山や倉敷は、一見するとキリスト教とあまり関係がないように思われがちですが、実は歴史のなかでさまざまな形で関わりがあります。
戦国時代にはこの地域にもキリスト教徒がいたことが知られており、禁教が解かれた後、近代になるとキリスト教と関わりの深い実業家・大原孫三郎の活動も見られるようになります。さらに児島虎次郎によりエル・グレコの《受胎告知》が招来され、公開されるなど、一般の人もキリスト教美術にふれることができました。
こうした歴史を知ることで、自分たちの地域が世界の宗教や文化とつながっていたことを感じてもらえたらうれしいですね。

最後に、これから来館されるかたへ一言メッセージをお願いします。
伴
岡山や倉敷とキリスト教の歴史を知ることで、大原美術館にあるキリスト教美術の見方が広がるかもしれません。
作品の背景にある信仰や歴史を知ることで、絵画の楽しみかたが増えると思います。ぜひ展示をご覧いただき、地域とキリスト教のつながりにふれていただければうれしいです。
おわりに

パネル展は規模こそ大きくありませんが、研究員の伴さんが一つひとつ、ていねいに紹介してくれました。
身近な地域の歴史をより深く知りたいかたは、ぜひ話を聞いてみてください。
小さな島に残された13人の祈りが、静かに私たちに語りかけてくれるはずです。
倉敷美観地区を散策の合間に、この町の足元に眠る「もう一つの倉敷」にふれてみてはいかがでしょうか。
倉敷考古館に関する記事
倉敷考古館 パネル展「鶴島から探るキリシタン」のデータ

| 名前 | 倉敷考古館 パネル展「鶴島から探るキリシタン」 |
|---|---|
| 開催日 | ■開催期間 2026年2月27日(金)~ 5月31日(日) 午前10時〜午後3時(午後2時45分入館締切) ■休館日 月~木曜日 ※祝日は開館 ■開場 倉敷考古館 4室 |
| 場所 | 岡山県倉敷市中央1-3-13 |
| 参加費用(税込) | 一般:500円 大学・高校生:400円 中学・小学生:300円 |
| ホームページ | 倉敷考古館 |


















































