「倉敷八十八ヵ所霊場」は江戸時代中頃に整備されたといわれ、美観地区・鶴形山・向山周辺の倉敷中心部に位置。
Vol.1では、主に巡礼作法や美観地区・鶴形山の風景などについて紹介しました。引き続きVol.2では、向山周辺から倉敷駅前の風景を中心に紹介します。
倉敷八十八ヵ所霊場は、普段、何気なく目にしている風景の一部。
その意味や歴史、次世代に残したいと願うかたがたの想いに触れることから、守り継承されてきた倉敷の風景を再発見してみてください。
記載されている内容は、2022年7月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
倉敷八十八ヵ所霊場とは?「倉敷八十八カ所霊場巡りしおり」より
「倉敷八十八ヵ所霊場」と聞いても、すぐにはわからないと思います。
巡礼作法や美観地区・鶴形山の風景などについては、Vol.1の記事を見てください。
Vol.2では視点を変え、「倉敷八十八カ所霊場巡り」しおりから「ごあいさつ」を引用し、倉敷八十八ヵ所霊場の紹介とします。
巡礼コースを確認しましょう
▼「倉敷八十八カ所霊場巡り」のパンフレットにある地図です。
Vol.1では、鶴形山周辺。地図で示されているA地区を歩き紹介しました。
Vol.2では、午前にB地区(向山周辺)、C地区を歩き、午後にD地区、E地区、JR倉敷駅前で歩いたコースを紹介します。
雲辺寺(向山北側)~観自在寺(向山南側)を巡りましょう(B地区~C地区)
▼66番札所雲辺寺と85番札所八栗寺。
倉敷アイビースクエア東側の道を南にいった交差点付近。
2つの札所が1箇所にまとめられているため、札所が大きく、2体の弘法大師と2体のご本尊の計4体が祀られています。
▼こちらから向山の狭い道をあがりましょう。
▼少しあがった所。振り返ると、倉敷アイビースクエアや倉敷中心市街地を一望できます。
少し視点が変わっただけで、普段、何気なく見ている風景が違ってみえませんか。
▼87番札所長尾寺。少し傾いているようにも見えますが、しっかりとした自然石の基礎の上に設置されています。
▼絶景ポイント。
「倉敷アイビースクエア」の全景や少し奥には「あちてらす倉敷」も望めます。
▼向山の上にある案内板。
下から二番目にしっかりと「倉敷八十八ヶ所霊場巡り(向山)」も記されています。
▼88番札所奥の院。
向山公園にあがる道路のすぐ横にあるため、目にしたことがあるかもしれませんね。
▼坂をのぼった向山公園で一休み。ゆっくり歩いてきましたが、息もあがり汗もでてきました。
倉敷八十八ヵ所先達である加藤さんが用意してくれていた甘いものをいただき、再び元気に。
筆者としては、この写真の観龍寺宙俊(ちゅうしゅん)さんの柔軟ポーズにはまっています。
▼公園からは、広く整備された山道をゆっくりと下っていきます。
▼4番札所大日寺です。こちらは、札所の上に大きな自然石がのっているのが特徴。
いつ、どのようにのせたのかは分からないそうです。
▼3番札所金泉寺です。
筆者が好きな景色の一つ。
札所以外に土の道と小屋しかありません。「霊場が開かれた当初は、このような原風景を楽しみながら歩いていたのかな」と想像させてくれます。
▼11番札所藤井寺と2番札所極楽寺。
竹林と静寂の中にいくつかの札所が集まり祀られています。なかなか、整備されていなければ近づきにくい箇所ですが、一度は訪れてほしい札所群です。
数多く集められている理由としては、「昭和の初め頃、向山へ上がる車道を設置した際に、ここに集められたのではないか。」とのこと。
▼2番札所極楽寺、17番札所井戸寺奥の院、1番札所霊山寺の札所が並びます。
▼15番札所国分寺。
こちらの山道も「霊場巡りの当初からの道が残っているのかな」とわくわくさせてくれます。
▼21番札所太龍寺です。皆さんと歩いた日、札所の両脇に咲いていたスイセンに目を奪われました。
▼21番札所の脇にある山道を入ります。なかなか一人で入るには勇気がいる道です。
向山のコースでは、このような分かりにくい入口も。ですので、毎年三月と十一月の霊場巡りに参加することをお勧めします。
▼まさしく山道。
ここでは左側の伐採された木や竹に注目。人が入れる山を維持することさえも大変です。
▼一転して広葉樹の林に変わっていきます。
このように少し暗い林は、下草が少なく歩きやすいです。
しかし地表まで太陽の光が届いてなく下草が生育しないため、雨などの影響により地表面の浸食が進み、山が荒廃しやすいといわれています。
乾いた落葉等で少し滑りやすくなっているため、ゆっくりと一歩一歩、踏みしめながら歩きました。
▼33番札所雪蹊寺。
この付近が向山の山頂付近になると思います。
とくに26番札所西寺から、25番札所津寺は、目と鼻の先にあるため、注意が必要です。パンフレットの地図を確認しながら正しいコースで歩いてください。
試練でしょうか、少し遠回りする巡礼コースになっています。
▼36番札所青龍寺です。大きな天然の岩の上にしっかりと設置。
▼林を抜け景色が開けてくると、倉敷市役所と足高神社が鎮座する足高山が見えてきました。
倉敷市役所の高さは66.88メートル。足高山の標高は67.00メートル。
足高神社は、古い記録帳(延喜式)にも備中のなかにある1社として記録されているなど、1000年以上の歴史のある神社です。
そのため、市役所の設計者が神社に対する敬意のため、高さにも気を使い設計しているとのこと。
▼41番札所稲荷寺(龍光寺)です。
後ろの左手に自入庵が見えています。こちらの墓地の周りにもいくつかの札所が点在。
▼40番札所観自在寺です。
墓地の下側にある自入庵の駐車場に位置します。こちらでは観龍寺の村田住職が合流。一緒に祈りを捧げます。
▼合流した村田住職より、昼食のお弁当とお茶のお接待がありました。
たけのこご飯や煮物が、筆者の疲れた身体を癒してくれます。
霊場を守り継承する人を紹介
ここで少し休憩。Vol.1でも紹介しましたが、紹介しきれなかった霊場を守り継承する人を紹介します。
一緒に歩いた内田さん(女性)
86番札所志度寺にて。内田さん(女性)が、祠の幕を纏める紐を取り変えていました。日々からの奉仕により、霊場が守られていることが垣間見れます。
中田貞子さん
4番札所大日寺にて。
ぜひ、この真新しい刺繍を見てください。言われてみなければなかなか気が付きませんが、中田さんが90歳をこえてから5年程、一つずつミシンで刺繍をしたとのこと。
残念ながら、4、5年程前に中田さんは亡くなられたとのことですが、今も札所を守っている美しい紫色の布地に白字の刺繍が美しいですね。
松本さん、三宅さん
60番札所横峰寺札所にて。
▼屋根の一部が欠けていますが、コンクリートで綺麗に修繕されていることに気が付きます。
松本さんや三宅さんの仲間が中心となり、修復した内の一つ。
他の札所で紹介したブロック塀などもその一つです。霊場への想いが、目に見える形で次世代に受け継がれています。
一緒に歩いた加藤さん、内田さん(男性)
改めて21番札所の脇にある山道の状況を見に行ってみました。
一緒に歩いた加藤さんや内田さん(男性)が中心となり、このような荒れた道を3月には落葉掃除、8月には草刈りなどの維持管理をしています。
同じ場所を撮影してみましたが、木々や雑草等が伸びてきており簡単に歩くことが出来ません。
維持管理して守られていることを感じてほしい一例です。
ここで後日談。
この巡礼の後すぐの加藤さんのゴルフスコアが「88」だったそうです。弘法大師のお陰を感じませんか。
実は、ゴルフをする方にも有益な巡礼地かもしれません。
「備前焼ながやま」さん
「備前焼ながやま」さんは、Vol.1でも紹介した美観地区内にあります。
霊場の事務局として、日々、しおりやパンフレットの配布などが行われています。
後日、筆者も改めて資料を頂きました。これらの資料がなければ、まず、歩くことはできません。
太山寺(倉敷市役所周辺)~観龍寺(ゴール)を巡りましょう(D地区、E地区、JR倉敷駅周辺)
では、太山寺からの巡礼を再開。観龍寺へのゴールを目指します。
▼52番札所太山寺。
向山の山中を北から南に向かって歩き、ここで一度、町に下りてきました。正直、心の中でほっとした瞬間です。
▼ほっとしたのも束の間、向山の西側を北に向かいつつ、山に入っては下りるを繰り返すコースになります。
このような枯れ沢を渡るような山道もあり。ここまでくると「ワクワク」というよりは、「疲れ」と「無事ゴールできるのだろうか…」という「ドキドキ」が勝ってきました。
▼46番札所浄瑠璃寺。
▼50番札所繁多寺。
もともと、奥に見える岩の上に設置していたものを、手前に移設した札所。移設するだけでも、大変な重労働ですね。
▼再び下りてきて、向山の西の道路を北に向かいます。
▼少し北に向かうと、再び坂道をあがります。
▼こちらの札所は、54番札所延命寺、55番札所大通智勝仏、56番札所泰山寺の3つが1箇所に集められています。
参考資料によると、「旧火葬場下にあり、道路整備により、ここに集められたものであろう」と記載あり。
また、これらの札所をお参りする場合には、経路によっては民地を通る可能性があるため、注意が必要です。
▼古町トンネルに向かう道路を越えて、再び、坂道を上ります。
▼10番札所切幡寺。一段上に57番札所八幡寺も見えています。
▼生目八幡宮の鳥居の傍まで北上してきました。
こちらには、47番札所八坂寺、62番札所宝寿寺が並んで設置されています。
▼59番札所国分寺。
▼かなり戻ってきました。倉敷アイビースクエアや観龍寺が近くに望めます。しかし、すぐでゴールだと油断しないでください。ここから、しばらく西側に遠回りする巡礼コースを進みます。
▼63番札所吉祥寺。
先程までの山道ではない、路地にある札所が増えてきました。
▼63番札所を少しくだった巡礼の道。
筆者はこのような細い路地で一気に開ける景色がお気に入りです。
▼65番札所三角寺。
もう少しだけ、このような細い路地が続きます。
▼細い路地を抜けていくと、倉敷アイビースクエアの南側の道路にでてきます。
▼美観地区の高砂橋を渡ります。美観地区の風景にお遍路の装束があっていますね。
▼高砂橋を渡った後に、そのまま狭い路地に入ります。実は、この細い路地にも札所があります。
美観地区の中にある札所でもあるので、一度お参りしてみてはどうでしょう。
▼67番札所小松尾寺。写真でわかる程の広い敷地がある札所。若竹の園の少し東側に位置します。
▼大原美術館分館の南側を西に向かって歩きましょう。こちらの美術館の壁は、城壁のようであり印象的です。
▼そのまま、町中を西に向かいます。
▼70番札所本山寺。稲荷町のドラッグストアの近く。札所の壁がお洒落なブロック塀で造られているのが特徴です。
▼49番札所浄土寺。
周りの景色が町中です。こちらの札所の特徴は、しっかりした建物の中に設置されています。
▼高梁川から倉敷地域へと、生命の水を流す倉敷川(用水)のほとりをゆっくりと南下。「あちてらす倉敷」に向けて歩きます。
▼「あちてらす倉敷」のそばに新しく建築された80番札所国分寺。こちらはもともと、新町大師堂として安置されていた札所ですが、諸事情によって移設されました。
▼80番札所に安置されているご本尊や弘法大師像です。
ここでは弘法大師像に注目してください。顔が真っ黒に焼けています。
その理由については、この札所に掲載されている「倉敷第80番霊場の由緒」から引用します。
この札所は江戸時代、今から200年以上前に、倉敷村を巡る88ヶ所霊場の第80番として建てられた。当時の町名に因んで新町大師堂と称された。昭和41年、近隣の出火で類焼し、木像の弘法大師さまは焼け爛れたお姿になられたが、身代り大師として人々の信仰を得ている。令和の再開発事業によって、ここに移転された。
こちらの説明書きを見るだけでも、古くから地域のかたに守られていたことを感じます。
▼歓龍寺(西側)に戻ってきました。正直な気持として、ただ疲れました。
一方で、皆さんと一緒に歩くことができた達成感や充実感を感じられます。ただただ、感謝の気持ちでいっぱいです。
▼観龍寺の大師堂にて。巡礼を無事終えることができたお礼と感謝の祈りを捧げます。
▼最後に観龍寺からお接待をいただきました。左の袋は、Vol.1で紹介した千田さんからのお接待です。
▼千田さんからのお接待を開けてみました。飴やお菓子など、一つ一つがうれしい詰め合わせでした。
おわりに
Vol.1では主に知識的な内容をとりまとめ、Vol.2では主に風景を中心にまとめて、「倉敷八十八ヵ所霊場巡り」について2回にわたり紹介しました。
この記事を書きたいと思ったきっかけの一つが、Vol.1のタイトルにもある「霊場を守り継承する人」です。
多くの人の想いがあり、古くから伝わる倉敷八十八ヵ所霊場巡りが見事に復活。
新型コロナウイルス感染症流行前には、年に2回の巡礼も開催。
多いときには100人も集まったそうです。
普段、何気なく目にしている風景での新しい発見や霊場を守り継承する人がいることに、気が付いてもらいたいと思います。
ここで、2点の注意点があります。
1つ目は、倉敷の山だからといって甘く見ていると遭難する可能性があるかもしれません。
2つ目は、倉敷八十八ヵ所霊場巡りでは、地域のかたがたが日常生活している生活圏も歩かせてもらいます。
巡礼させていただいている気持ちと、節度、マナーを守って楽しんでもらいたいです。
普段、何気なく目にしている風景。
この記事をきっかけに、毎日歩いている道の傍らに「倉敷八十八ヵ所霊場」と書かれた赤いのぼりや石造りの祠などに気が付くかもしれません。
もし気が付くことがあれば、少し足を止めて祠の中を覗いてみませんか。
個性豊かな弘法大師像やご本尊が暖かく見守ってくれていることに気づいてもらえると思います。
倉敷八十八ヵ所霊場巡りのデータ
名前 | 倉敷八十八ヵ所霊場巡り |
---|---|
期日 | 毎年 3月と11月 午前8時30分集合 出発 |
場所 | 倉敷八十八ヵ所霊場会顧問 観龍寺 |
参加費用(税込) |
本来であるならば、一番から二番、二番から三番へと順番に巡礼をするのが当然ですが、倉敷の場合は道路の拡張などのため、石の堂宇そのものを移転してしまったのが多数あり、順番通りには並んでいないのが現状です。
そこで我々倉敷霊場会では、倉敷発祥の地といわれる旧弓場の霊場第七十四番を打ち始めとしています。道順を具体的に記述しますので、初めての人でも一人で廻ることが出来ると思います。
最初に〇印以下の道順を読んで下さい。次にたどり着いた札所の名前です。倉敷八十八ヶ所は、四国の霊場名と違う所がいくつか有ります。
次に御本尊の名と御真言を記しました。
一、小橋役雄著 くらしき八十八ヶ所霊場 自費出版
二、井上賢一著 倉敷八十八ヶ所札所 高梁川41号昭和57年
三、谷口重枝子編 倉敷八十八ヶ所案内 自費出版
以上参考文献
それでは参りましょう